【門倉健 7球団奮投記~行けばわかるさ~(9)】 中日ドラゴンズで星野監督の第2次政権がスタートした1996年に僕のプロ野球人生は始まりました。二軍で開幕を迎えた僕はある日、ナゴヤ球場でコーチの鈴木孝政さんと森中千香良さんから「今中と山本昌がブルペンで投げているから勉強のために見てこい」と言われました。その日は試合がなく、一軍の今中さんと山本昌さんはナゴヤ球場で練習していたのです。
当時のドラゴンズは今中さんと山本昌さんのダブルエース態勢でした。今中さんは140キロ台後半のストレートと100キロ前後の落差のあるカーブが武器で93年には最多勝(山本昌さんと同時受賞)や沢村賞を獲得。山本昌さんはストレートは130キロ台でしたが、抜群のコントロールと伝家の宝刀・スクリューボールで93、94年と2年連続最多勝、94年には沢村賞に輝いていました。2人とも当時の日本プロ野球界を代表するサウスポーでしたが、僕はキャンプ、オープン戦と二軍でしたからまだ2人の投球練習を生で見たことがなかったのです。
ナゴヤ球場のブルペンに行き2人のピッチングを見させてもらったのですが、いやあすごかったですね。山本昌さんの投球練習ではキャッチャーのミットが全く動かないんです。全てキャッチャーが構えたところにパチン、パチンとボールが吸い込まれていく。コントロールの精度はまさに超一級品でした。今中さんのボールもエグかったです。キレ味抜群のストレートだけでもすごいのにさらにカーブの落差がとんでもない。「プロ野球の世界ってこんなにすごい人たちの集まりなんだ」「これはかなわないな」。今中さんと山本昌さんのすごさを目の当たりにしてビックリしたことを今でもよく覚えています。
よく一流プレーヤーから学べと言われるじゃないですか。でもあの2人のボールは特別でマネするなんて無理。今中さんはすごく気さくな方で一軍に上がったあと「こんな感じで投げればええんや」と変化球の握りを教えてくれましたけど、同じようには投げられない。やっぱりあの人たちは野球の天才だったと思います。
今中さん、山本昌さん以外にも当時のドラゴンズにはすごい選手が何人もいました。野手では94年に本塁打と打点王の2冠に輝いた大豊泰昭さんの練習への取り組み方や姿勢がすごかったです。とにかく練習量が半端ない。常に鏡の前で素振りをしているイメージでした。
そしてすばらしい観察眼を持っていたのが正捕手の中村武志さんです。相手打者の状態や狙い球を見抜く力は本当に頼りになりました。実は僕がプロ野球で成功するきっかけを与えてくれたのが中村さんと、ミスタードラゴンズ・立浪和義さんだったのです。













