【元局アナ青池奈津子のメジャー通信】「自分の失敗談を何百回も繰り返しているうちに、つらさが和らいでいったんだ」
 引退後にプレーヤー・メンターとして若手選手らの相談に乗っているうちに、自分が元気になってマウンドに戻ってしまった37歳のミラクル出戻り大リーガー、ダニエル・バード。

「若いやつらは僕の話に『4年も大リーグにいたなんてすごい! ボストンでプレーできたなんてうらやましい! 自分の苦戦した経験を、選手を助けるために使っているなんてクールだ!』なんて言ってくれたんだよね。そんなふうに考えたことがなかった。これは仕事。自分は4年しか持たなかった。自分のキャリアは失敗だったと思っていたから」

 その心の変化は、何げないキャッチボールに表れた。

「引退1年目はまともに投げられなくて、頭上に投げたり足元に落ちたり。でも、2年目の途中から球が変わっていったんだ」

 ダニエルは引退前を「時々、糸で釣られているようだった」と振り返る。

「そこにいたくないけど、一生懸命やらなきゃいけない操り人形。結果を無理に作り出そうとしていたんだよね」

 練習量は人一倍。コーチの言う通りに自分のすべてをささげ、フィールドに吐き出そうとした。頑張りすぎたとダニエル。

「野球を信じ、練習プロセスを信じ、リトルリーグ時代と同じように勝つことを目指してチームメートと楽しむ。これでいいんだよね。自分はそれができていなかった。自分のためにプレーしていたし、球速機の数字を少しでも上げようとか、コーチを感心させようとか、野球を忘れて別のことに気をとらわれていた」

 2015年に第1子の息子が生まれ、真剣度はさらに増したが、結果はついてこず。17年8月、引退を決めた。

「恥ずかしい話だけど、夢は5歳からずっと野球だった。母が8歳で『大きくなったら何になりたい』を書いた紙を取っといてくれたんだけど『大きくなったらMLB選手、それがダメならMLBコーチ、それがダメならMLBスカウト』って書いてあるんだよ。考えが狭いとはまさにこのこと」とダニエルは笑った。
 考えが狭いのではない。野球が好きでたまらない人なのだ。

 メンター2年目も終わりかけのある日、一緒にキャッチボールをしていたマイナーリーグの選手が「まだ全然投げられるじゃん」と言った。その場は「何言っているんだ。キャッチボールとピッチングは全然違うよ」と聞き流したが、家に帰って思いっきり投げてみた。結果は…今に至る。

「あの時はクレージーな考えだと思った。大リーガーだったのは7年も前。でも、強く信じられる自分がいたんだよね。保証はないけど、今度はうまくできる気がする、うまくいく気がする、ダメでもOK、大丈夫って。それにね、子供たちに『お父さんは、自分の信じるものを追いかけたんだ』って伝えたかったんだ。『どうなるか分からなくても、再び結果が出なかったり失敗に終わったとしても、何かを強く信じる気持ちがあれば、人はなんとかしてかなえる方法を見つけるのさ』って」

 プレッシャーはないわけではない。

「エンジョイ&サンキュー。このコンビに集中すると、プレッシャーを感じることが難しくなる。プレッシャーが溶け出して『今、ゲームをして遊べるんだ。皆があこがれる何万ものスポットライトの真ん中に出て行くことができるんだ』って見え方が全部変わるんだ」

 いろんな夢の実現方法がある。3月開催のWBCにも米国チームで出場が決まっているダニエル。活躍とともに、彼の物語が世界中に届きますように。

 ☆ダニエル・バード 1985年6月25日生まれ。37歳。米国テキサス州出身。右投げ右打ちの横手投げ投手。2006年のMLBドラフト1巡目(全体28位)でレッドソックスから指名されプロ入り。09年5月にメジャーデビュー。同年は49試合に登板し2勝2敗1セーブ。10年は73試合でリーグトップの32ホールドを記録すると、11年もリーグ最多の34ホールド。12年以降は不振に陥り、複数球団を転々としたがメジャー昇格はなく、18年1月に引退を表明。同年2月からロッキーズのメンタルトレーニング部門のスタッフに就任した。20年2月に現役復帰。同年7月に7年ぶりにメジャーのマウンドに立って勝利投手となり話題になると、21年に20セーブ、22年は34セーブを挙げ、ロッキーズの守護神として活躍している。