南海、オリックス、ダイエーで活躍し、プロ野球歴代3位の通算567本塁打で2006年に野球殿堂入りも果たした門田博光さんの訃報に接し、社会人時代のクラレ岡山でチームメートだった本紙評論家・得津高宏氏が故人を悼んだ。

 門田とは同学年でね。高校時代からその存在は知っていました。門田が天理で、私がPL学園。練習試合で対戦したこともありました。その後は社会人野球のクラレ岡山でチームメートに。同じ天理の同学年に外山義明(ヤクルト)という投手がいたんですが、その外山もクラレで、3人で同じ寮で生活していました。職場での私は勤労課の事務仕事でしたが、門田は靴を作る仕事をしていました。

 私と外山は早大を落ちてクラレに行くことになったんですが、門田は最初からクラレでね。月給は1万5000円。仲良く3人でラーメンを食べにいったりしたなあ。背番号は門田が25で、私が26。試合に代打で出る順番はいつも私が先だったので、悔しがっていましたね。

 プロ入りは門田の方が私より3年遅かったわけですが、あっという間に追い抜かされて、すごい打者になりましたよね。ノムさんとの不仲とかいろいろ言われてましたけど、プロで成功したのはノムさんのおかげ。それは門田もわかっていて感謝していましたよ。

 やっぱりお酒の飲みすぎがいけなかったのかなあ…。春季キャンプで門田が評論家で宮崎に来ている時に「ちょっとノドがかわいたから」と朝の9時からビールを飲みだしたのに驚いたことを覚えています。

 最近は連絡を取っていなかったのですが…。本当にショックです。安らかにお眠りください。