今年の野球殿堂入りが13日発表され、阪神で2度の3冠王に輝いたランディ・バース氏(68)が選ばれた。〝猛虎史上最強助っ人〟と呼ばれるバース氏だが、メジャーでは6シーズンでわずか9本塁打と鳴かず飛ばず。そんな男がなぜ、日本で大成功を収めたのか。阪神でともにプレーした野球評論家・柏原純一氏がじかに体感したバース氏の〝すごみ〟を明かした。
【柏原純一「烈眼」】彼の存在が身近になったのは、私が日本ハムから阪神に移籍した1986年。前年、バースは3冠王でチームを日本一に導き「3番・バース、4番・掛布、5番・岡田」と不動のクリーンアップを形成していた時期。その年も本塁打(54→47)、打点(134→109)こそ前年を下回ったものの、打率は今も日本球界歴代最高の3割8分9厘で2年連続の3冠王に輝いた。後ろに掛布、岡田が控え、敵はピンチでも常に勝負せざるを得ない状況が作られていたとはいえ、確かな技術がないとできないことだ。
移籍当初の私も彼の打撃には大いに興味があったが、スイングを見れば一目で「なるほど」と納得させられた。外国人特有の上半身主導の力任せではなく、甲子園の一塁ベンチからでも分かるほどに相手投手のボールに対し、彼がスイングするバットの軌道は常にしなって、内側からボールに入っていく。右翼、中堅、左翼と広角に遠くへ飛ばせる技術は、この理想的なスイング軌道を完璧にマスターしていたからこそだと思う。
当時の練習の主流であったランニングは一切せず、体作りはもっぱらウエートトレーニングが中心。パワーは日本人選手のソレよりもはるかに上で、本塁打を放ちベンチで何度も交わしたハイタッチでさえも、気をつけていないと危険なほど。手を合わせた衝撃だけで分かるほど、もともとパワーも桁違いだった。
そして当時、日本に来る外国人打者では珍しく「次に来るボールは?」と、打席では常に配球を読んで相手投手に対峙するタイプの打者でもあったことも見逃せない。
実際に彼に確かめたわけではないので断言はできないが、少なからず〝通じる〟部分があると当時、思っていたことがある。彼はいつも甲子園の試合では練習を終えると、試合開始までの2時間ほどの間で、代打の切り札であった川藤幸三さん(73)と将棋を打つルーティンだ。
遊びとはいえ、米国にはない将棋という日本独自の文化を瞬く間に吸収できる賢さはもちろん、常に「先の先の」展開を見据えながら目の前の一手を打たなければならない将棋と、打席で「相手投手の配球をどう読むか」は相通じるモノがあったように感じる。
当然と言えば当然だが、前年の3冠王でもある彼に対しては、敵バッテリーは細心の注意を払っていた。逆に打者からすれば1打席に1球、打てる球が来るか否かの勝負。映像を見返してみても、外角への変化球を見事なタイミングで踏み込み、甲子園の左中間スタンドへ放り込む一撃などは、まさに力と技、それに〝頭脳〟も兼ね備えていた彼を象徴する一撃でもある。
「引退後、21年以上経過した選手」が対象のエキスパート部門において、昨年はあと4票足りず今年、晴れて得票率を満たしての殿堂入り。実働年数6年での殿堂入りは、在籍期間中に彼が残したインパクトがいかに強烈だったかを物語るものだとも思う。阪神の伝説の助っ人でもある彼が、今後もこのような形で語り継がれることは、同じ時代にユニホームを着た我々にとってもうれしい限り。心から「おめでとう!」と祝福したい。(野球評論家)












