1985年もアレやったわ――。岡田彰布新監督(65)率いる阪神が、今や〝アレ〟一色に染まっている。新体制始動初日となった10月24日の秋季練習(甲子園)でナインたちを前に訓示した岡田監督は「1年目から当然優勝を目指していく。今日だけは『優勝』という言葉を使っていいけど明日からは『アレ』にしてな」と厳命。第一声からして「岡田ワールド」全開の監督指令となったが、このパワーワードは恐ろしいほどの感染速度で虎ナインたちの間で大流行することになった。
24日に契約更改交渉に臨み、3年契約の2年目を現状維持の年俸1億6000万円でサインした梅野は「新体制になってノック一つにしてもピリピリとしたいい空気が出ていると思う。アレを目指して頑張っていきたい」と笑顔で宣言。その前日には伊藤将、中野らの若手選手も「アレを目指します」と連呼。佐藤輝に至っては「来年の流行語大賞? そりゃアレでしょ」とキッパリ。このまま新シーズンが始まったら、選手たちはお立ち台で「決め球のツーシームがアレでした」とか「これからも熱いアレをよろしくお願いします」など、アレ活用の〝発展形〟まで出てきそうな雲行きだ。
阪神が球団史上唯一の日本一に輝いた85年当時、岡田監督とともに主力選手として活躍していたOBは「あの年、監督だった吉田(義男)さんも『優勝』という言葉は絶対に使おうとしなかった。初めて『優勝』という言葉を人前で口にしたのはマジックが点灯してからだったと記憶している」と証言する。「岡田さんも当時のことを覚えていて、吉田さんのやり方をマネているんじゃないかな。もともと浮ついたことは好まないタイプだしね。それに岡田さんは2008年のこともあるし…」。
第1次岡田政権の08年。阪神は2位に最大で13ゲーム差をつける独走モードに入り、球宴前ながら7月22日にはマジック46が点灯。球団周辺は「Vやねん!」「胴上げ待ったなし!」と浮かれに浮かれまくったが、その後は主力選手の疲労や故障などが響き徐々に失速。シーズン最終盤に、巨人に大逆転優勝を許す屈辱を味わい、岡田監督の退陣に直結した。
そんな岡田監督だからこそ、慎重に扱いたいあの言葉。シーズンの戦いがすべて終わってから、美酒とともに口にしたいところだ。
=金額は推定=












