【赤坂英一 赤ペン!!】 今オフ、山口俊が巨人をクビになった。彼が2016年オフのFA移籍当時、「巨人史上最大の補強」と騒がれた“大物選手”の一人だったことを、いま何人のファンが覚えているだろうか。
高橋由伸監督1年目の同年、フロントは当初、基本方針として生え抜き育成を打ち出した。が、7月に首位広島との差が10ゲーム以上に開くと、渡辺恒雄・読売新聞主筆が激怒。「由伸は悪くねえ。補強してねえもん。いまの陣容で勝てったって無理だよ」と発言したため、フロントも慌てて方向転換したのである。
DeNAからFA宣言した山口に対し、巨人が提示した条件は推定3年総額7億円。他にソフトバンク・森福允彦、日本ハム・陽岱鋼と、巨人が3人FA選手を獲得したのは初めてだった。総額40億円の補強費も球団史上最高額といわれる。
しかし、森福は19年、陽岱鋼は21年、ともにたいした成績を残せず退団。最後に残った山口も巨人から去る。今季の一軍登板は1試合2イニングのみ。二軍戦で1球投げただけで左膝を痛めて降板し、あげく“お払い箱”だ。
その一因として、山口が巨人移籍1年目の17年に起こしたトラブルを挙げたメディアもある。深夜に酔って病院の扉を壊し、警備員にも暴行を働いた不祥事が尾を引いている、というのだ。
しかし、山口の古巣・DeNA関係者は「それ以前に移籍1年目の故障がそもそものケチのつき始めだった」と指摘する。高橋監督は当初「完投を計算できる」と山口のタフネスを絶賛。ところが、右肩痛でキャンプは三軍スタート、2月にはインフルエンザにもかかって、一軍に昇格したのはやっと6月だった。
初登板のソフトバンク戦、山口は6回を無安打無失点と力投。尾花投手コーチに「次もいけるか」と聞かれ、「いけます」と答えている。が、高橋監督はこれを聞き入れずマシソンに交代させた。試合後、山口はお立ち台で涙を流した。当時は誰もが感激の涙と思っていたが、実は胸中は複雑だったのかもしれない。
山口は18年、平成最後のノーヒットノーランを達成。19年には15勝で最多勝投手となり、第3次原政権1年目のリーグ優勝にも貢献している。今回の戦力外通告は、16年オフの「巨人史上最大補強」の選手の終わり方としては大変寂しい。
しかし、山口は他球団への移籍がかなわなければ、メキシコに行ってでも野球を続けるつもりという。新天地でのもうひと踏ん張りに期待したい。
☆あかさか・えいいち 1963年、広島県出身。法政大卒。日本文藝家協会会員。最近、Yahoo!ニュース公式コメンテーターに就任。「最後のクジラ 大洋ホエールズ・田代富雄の野球人生」「プロ野球二軍監督」(講談社)など著作が電子書籍で発売中。「失われた甲子園」(同)が第15回新潮ドキュメント賞ノミネート。他に「すごい!広島カープ」「2番打者論」(PHP研究所)など。











