【取材の裏側 現場ノート】元新日本プロレスの北村克哉さんが12日に急死した。36歳だった。あまりに早すぎる。一報を聞いた時は言葉を失った。
北村さんが新日本に入門したのは2016年1月のこと。レスリングでは輝かしい実績を残してきたが、29歳と決して若いとは言えない年齢でのプロレス挑戦だった。「かっこいい男になるために、人生で一度だけチャレンジしてみたかったんです。このまま終わるんじゃなく、人生を変えてみたかった。これがラストチャンスだと思いました」。道場の部屋に招いてもらった際の取材で、ビル・ゴールドバーグやブロック・レスナーへの憧れを、目を輝かせながら語っていたのが懐かしい。
筋骨隆々の肉体から繰り出すパワーファイトで頭角を現した北村さんは、圧倒的にスケールの大きなヤングライオンだった。その潜在能力を誰もが認め、無限の可能性を秘めていた。そして何よりも北村さんの周りには常に笑いが絶えなかった。
ひと言で表すならば〝超天然〟。入門初日に5時間遅刻して周囲を騒然とさせると、夕飯の買い出しに行った際には誤って自転車で高速道路に侵入してしまい騒動に…。寝起きにプロテインを飲もうと思ったら、寝ぼけて液状洗剤を飲んでいたというエピソードもあった。意中の女性を会場に招待したらその一方向にばかりアピールを繰り返して先輩に怒られるなど、とにかく憎めない愛されキャラだった。記者もそんな北村さんが大好きで、顔を合わせると思わず笑顔になってしまうような存在だった。
2019年1月の新日本退団後は総合格闘家、ボディービルダー、ユーチューバーと多方面にわたって活躍していた。昨年11月のRIZIN参戦時には、リモート会見ではあったものの、再び取材する機会に恵まれた。質問を投げかけると開口一番「ご無沙汰してます! 新日本時代は取材してくれてありがとうございました」と、礼儀正しくあいさつしてくれてうれしかった。
「(新日本時代の)同期が活躍してたり、先輩たちからも『RIZIN頑張れ』って連絡が来たりしているので」と闘志を燃やす姿はあの時から何も変わらない、不器用なくらいに真っすぐで応援したくなる北村克哉だった。
フィールドは変わっても、またどこかで会えると思っていた矢先の訃報はやはりショックだった。プロレスで大成する姿を見たかった一方で、あれだけ破天荒な北村さんにはもしかしたらプロレス界でさえ窮屈に感じる部分があったのかもしれないとも思う。北村さんはまさしく〝愛すべき筋肉獣〟だった。合掌。
(プロレス担当・岡本佑介)












