新日本プロレスの小島聡(52)が1日に死去した〝燃える闘魂〟アントニオ猪木さん(享年79)との思い出を明かした。新日本入団は1991年で猪木さんから直接指導を受ける機会はなかったものの、兄貴分・武藤敬司(59)から猪木イズムを吸収。世界中に元気、勇気を与えてきたスーパースターの思い継承を誓った。

 8日のノア後楽園ホール大会に参戦した小島は「私なんかが、猪木さんのお名前を出すのもはばかれるくらい遠い雲の上の存在」とし、訃報をいまだに受け止め切れていない様子で「ショックという言葉だけでは表し切れない」と、うつむいた。

 幼少期からの憧れとの初対面について「新日本の道場にあるお風呂場を朝、掃除していたら手を洗いにきた猪木さんが偶然いらっしゃって。びっくりして慌ててごあいさつしました」と振り返った。小島が入門した1991年当時、猪木さんはすでに政界進出を遂げていた。そのため直々に技などを伝授されることはなかったが、若手にも分け隔てなく接していたという。

 小島には強く印象に残っていることがある。「デビューしたくらいの時にスパーリングでヒジをケガしたことがあって。その時、猪木さんが控室の中でケガした部分を30分くらいマッサージをしてくれた。正直終わったあとも、まだ痛かったけど、感謝の気持ちが強くて治った気持ちになりました。あれから30年ぐらい。今でもその時の優しさは覚えてますね」

 猪木イズムについては、新日本時代の兄貴分・武藤を通じて受け継いだ。「表現の仕方、プロレスラーとしてのあり方っていうのは猪木さんの遺伝子を持っている武藤さんから間接的に教わった。特に猪木さんの『元気を与える』という部分は、自分のプロレスラーとしての生き方について共感する部分が多い」と説明した。

 さらに「猪木さんはプロレス界で一番と言っていいくらいの知名度だから、やっぱりそこは目標にしていきたいなと思いますね」。今後も大先輩の背中を追いかけていく。