【豊田誠佑 おちょうしもん奮闘記(34)】2014年にドラゴンズを退団した俺はその後、いろいろな仕事をしたが、そのうち、「自分で店を持ちたい」という思いが芽生えてきた。俺は人と話すことが大好きだし、名古屋の街も、ドラゴンズのことも大好きだ。お客さんと大好きな名古屋のことやドラゴンズのことをたくさんしゃべってみんなが笑顔になる。そんな居酒屋ができたらいいなと考えるようになっていた。
だけど錦や名駅などの繁華街でやるのは何か違うと感じていた。俺はナゴヤ球場で育てられた男だ。だったらナゴヤ球場の近く、尾頭橋かいわいで店をやりたい。そこでいろいろと当たってみたんだけど、名鉄の山王駅(古いファンにはナゴヤ球場前駅といった方がわかりやすいだろう)のすぐそばにいい物件が見つかった。ナゴヤ球場から徒歩8分。店を構えるには最高の場所だ。
店の名前をどうしようかいろいろ考えたがなかなかいい案が浮かんでこない。そんなときスポーツジムで走っているとテレビで水戸黄門が流れていた。放送回のタイトルにおちょうしもんの八兵衛という文字が出ているのを見て「これだ!」と思ったね。俺も水戸黄門に出てくるうっかり八兵衛同様「おちょうしもん」だ。店の名前は「おちょうしもん」に決まり、19年1月から営業を開始した。
特に宣伝もしていなかったし、最初はお客さんもあまり来なかった。そんなときに、俺が昇竜館館長だったころの寮生だった又吉(現・ソフトバンク)がドラゴンズOBで先輩の正岡真二さんと来てくれた。正岡さんは又吉の担当スカウトでもある。俺が居酒屋を始めたということで2人は激励しに来てくれたんだけど、その後にビックリすることが起こった。又吉はチームナンバーワンのツイッターフォロワー数を誇り「又吉広報」と呼ばれていた。その又吉がSNSで俺の店を紹介してくれたことで、ドラゴンズファンの間で一気に「おちょうしもん」のことが広まっていったのだ。「又吉さんのSNSを見て来ました」というお客さんがぐっと増えていった。
さらに「ぶらぶらD級ウォーカー」(東海テレビ)というドラゴンズ応援番組の取材で中日の小笠原慎之介、タレントの井戸田潤さん、レッド吉田さん、SKE48の日高優月さん、菅原茉椰さんがうちの店にロケで来てくれた。小笠原とは面識はなかったが、将来のドラゴンズのエース候補らしくいい顔をしていた。番組で取り上げられたことでお客さんの数はうなぎ上り。「2年やってダメだったらあきらめよう」と思って始めた「おちょうしもん」はいつしか予約を取るのも難しくなるほどの人気店となっていった。
「よし、これから稼ぐぞ!」。そう思った矢先にまさかの事態が待っていた。新型コロナウイルスの大流行。緊急事態宣言の発令で店の営業自体ができなくなってしまったのだ。
☆とよだ・せいすけ 1956年4月23日生まれ。東京都出身。日大三高では右翼手として74年春の選抜大会に出場。明治大学では77年の東京六大学春のリーグ戦で法政のエース・江川から8打数7安打と打ちまくり首位打者を獲得。「江川キラー」と呼ばれるようになる。78年オフにドラフト外で中日ドラゴンズに入団。内外野をこなせるバイプレーヤーとして活躍し82、88年のリーグ優勝に貢献した。88年に現役を引退後はコーチ、スカウト、昇竜館館長を務め2014年に退団。現在、名古屋市内で居酒屋「おちょうしもん」を経営している。












