【赤堀元之 〝猛牛〟世紀末守護神(23)】 1994年、オリックスにイチローという選手が現れ、210安打の日本記録を打ち立てた。最初見た時は「変わった打ち方をする選手」くらいの印象だったですね。確かにバットコントロールがいいし、自分のスタイルでスイングができている。前年の93年には野茂英雄さんから悠久山(長岡)でホームランを打ったのも見てました。
でも、抑えられるかな、打たれてもヒットだな、といいように考えるようにしていました。すごい打者だから打たれて当たり前かな、ホームランじゃないなら何とかなるか、くらいにね。それがよかったのかもしれない。気持ちが楽でしたよ。ワンバンとかクソボールでもヒットにするのを見ていると、こいつは何でも打つんだなって。対策といっても何となくイメージするくらいで…。
94年からの4年間でイチローを25打数4安打、打率1割6分に抑えることができたのは、僕の2段モーションにタイミングが合わなかったからじゃないかと思っています。2段モーションの投手は少ないし、振り子打法のどのタイミングで足を上げるかとか…。僕も自分の中で打者によってタメを作ったり、早く投げたり微妙に変えていたのでね。
配球は基本的にインサイドの真っすぐとスライダー、外へのシュート、アウトハイの真っすぐ。そしたら空振りしたりするし、インローにも空振りゾーンがあったっすね。得点圏に走者がいたら勝負強いんで、インサイドばかりにならず、外を見せて決め球で三振取るつもりのインサイド。自分で考えて投げていました。絶対に抑えようと思わなかったのがよかったのかもしれないです。
ほとんど話したことはなくてあいさつくらいでしたけど、オフにとんねるずの石橋貴明さんのつくったチームと僕や野茂さんでつくったチームとで草野球やっていたことがあったんです。毎年東京でやっていてイチローも来ていた。そこで「来年からは負けたチームは坊主にしよう」という話になって、みんな「そうしよう、そうしよう」なんて盛り上がっていたらイチローだけ「絶対に嫌だ」って(笑い)。半分冗談なんだけど、あいつがそんな感じだったんで話が進まなかったことはありましたね。
野茂さんだってイチローだってあの投げ方、打ち方って指導者からしたら何か言いたくなりますよね。仰木彬さんは2人の個性を理解し「見ているから頑張ってくれ」と言えた。その器の大きさってすごいと思うんです。余計なことを言わないから自分で考えるようになり、伸びる選手はどんどん伸びる。教えることばかりじゃなく、性格を理解して見守ることもコーチの仕事かなと思います。仰木さんはすごい選手2人を見極めた。もしかしたら口うるさく言ってきかせた選手もいたかもしれないですけど、その2人の成功例というのがやはりすごいですよね。
☆あかほり・もとゆき 1970年4月7日、静岡県藤枝市生まれ。静岡高のエースとして2年夏に甲子園に出場し、88年のドラフト4位で近鉄に入団。リリーバーとして頭角を現し、4年目の92年に最優秀救援投手と最優秀防御率をダブル獲得。92~94年、96~97年と5度の最優秀救援投手に輝いた。その後は故障に苦しみ、2004年に引退。指導者としてオリックス、ヤクルト、中日、韓国SKで投手コーチ、BCリーグ・新潟で監督を務めた。22年から関メディベースボール学院でコーチをしながらテレビ解説者としても活躍している。












