【ネット裏・越智正典】開催中止となった東都大学野球は、元専修大学監督江崎久や元連盟事務局長白鳥正志がマネジャーを励まし、いたわり、育て、世の中で役立つ若者として送り出している。

 駒沢大学のマネジャー、北畠知栄美、兼平真奈は白鳥の推薦で東京都高野連事務局に入り、よく勉強し一生懸命尽くしている。訪れるといつもやさしい。

 立正大学マネジャー、小山啓太は在学中、白鳥によって(一人だけだったが)連盟の医科学委員に推挙された。AEDやテーピングを勉強した。

 小山啓太はことし42歳。北海道の旧炭鉱町羽幌生まれ。旭川実業の俊英遊撃手だったが高3のときに、北北海道大会を目の前にしてグラウンドで倒れた。腰などを痛めたのだ。旭川実業の監督、込山久夫はどんなことにもひたむきな彼をマネジャーにして甲子園へ連れて行った。彼に障害に苦しむ仲間を救いたいという思いが宿る。

 当時、立正大学野球部合宿所では、ごはんは盛り切り一杯。おかわりをすると別料金になる。彼は両親に負担をかけてはいけないと一杯だけで我慢した。合宿所には、先輩、同期、後輩に家からメロンや明太子など差し入れが送られてくる。ご馳走になるが、お返しが出来ない。両親には頼めない。旭川の友人に話してトウモロコシのタネを送ってもらって庭で育てた。秋にゆでてみんなに食べてもらうのをたのしみにしていた。

 卒業が近づくとインターネットで授業料が安く、医科学を学べる大学を探した。あった。カンザスシティーの南西エンポリア大学。アルバイトが出来る。学園の清掃で1時間5ドル10セント。朝4時起床。市民はカンザスシティー・ロイヤルズのジョージ・ブレットを誇りにしていた。4割を打つからではない。内野ゴロでも全力疾走。ヘッドスライディングで一塁に飛び込むからだ。同チームのロゴはKCに王冠。彼に王冠が輝くのは、これからである。

 このあとデトロイトの北西、マウントプレゼントのセントラルミシガン大学大学院へ。全米屈指の運動科学研究大学である。教授の推挙でアトランタ・ブレーブスのトレーナーに。蛍雪。帰国。立正大で英語の先生に。研究は続けた。

 2018年、英国の名門ケンブリッジ大学での世界教育会議に出席。キャッチボールが子どもの発育に有用。科学的にも共感と思いやりの脳領域を顕著に働かせている…と発表。「優秀賞」を受賞した。そして昨年、群馬大学に招かれ、医学部で研究。教育学部で体育の授業。硬式野球部の監督に。背番号50。「50番の仕事はグラウンドの整備、芝刈り、道具とフェンスの修理。芝刈りは在米中、牧場へ働きに行ったのが役立っている」と、微笑んでいる。

 群馬にもきびしいことが多いだろうが、啓太先生はいうのである。「アトランタ・ブレーブスの監督、ボビー・コックスがかけてくれた『いつもルーキーのように学べ』という言葉をかみしめています」。次の研究の成果発表が待たれる。

=敬称略=(スポーツジャーナリスト)