今回の覆面男はかなり謎に満ちているが「怪奇派」ではない。1969年9月に“白覆面の魔王”ザ・デストロイヤーのパートナーとして初来日したベン・ジャスティスである。その名の通り「正義のベン」。堂々と何の恥じらいもなく“ジャスティス”を名乗ったのは、この人と新日本プロレスのミスターこと永田裕志くらいである。だが、とってつけたような白地のみのマスクはチープさに満ちていた。
来日早々には「日本のレスリングはアメリカでも知られている。日本で名を上げることはアメリカでも売れることにつながる。まずは(王座の)チャレンジャーになることに全力を挙げたい」と気勢を上げている。
9月26日後楽園の開幕戦は、セミで魔王と組みアントニオ猪木、吉村道明と45分3本勝負で激突する抜てきを受け、2本目でフォールされるも45分引き分けに持ち込む大健闘を見せた。
本紙は「魔王の陰に隠れて損をしたが、激動の五大湖地区で暴れまくっていただけに実にこずるい試合運びをやってのけた。キック、パンチの威力は想像以上。まだ実力の半分も出しておらず、今後うるさい存在となりそうだ」と高い評価を与えている。しかしインターナショナルタッグ王座挑戦の夢はかなわず、魔王のパートナーの座をブラック・ゴールドマンに奪われ、王座未挑戦のままで終わった。
実力はありながらマスクマンに必要な突出した個性が欠けていたが、本紙の調査でとんでもない実績が判明する。
「白ずくめの怪レスラーの正体はまったくのナゾ。しかし最新の『レスリング・ワールド誌』によると、アマレスの東京五輪アメリカ代表ではないかという興味ある一文が載っている。キャリアは3年。ロッキー・ジョンソンとのコンビで東部AWAのUSタッグを1年余にわたって保持。7月にはミシガン州で日本の坂口、小鹿組に敗れた」
五輪米国代表という説は真実らしく、思い出の地・東京で素顔をさらすのが嫌でマスクをかぶったようだ。来日はこれ1回限り。輝かしい栄光をマスクで隠さねばならなかった覆面レスラーの悲哀を感じる。
(敬称略)












