船木誠勝が語る2007年の現役復帰 心を動かした前田日明氏の言葉「UWFの続きをやらないか」

2021年11月14日 07時00分

ビッグマウス・ラウドの旗揚げ戦で前田氏(右)とリング上で握手する船木(2005年9月11日、東京・後楽園ホール=東スポWeb)
ビッグマウス・ラウドの旗揚げ戦で前田氏(右)とリング上で握手する船木(2005年9月11日、東京・後楽園ホール=東スポWeb)

 ハイブリッドレスラー・船木誠勝(52)が、これまでに遭遇したさまざまな事件の裏側や真相を激白する大好評企画。今回は現役引退していた船木が、7年のブランクを経て現役復帰を果たした事件にスポットライトを当てる。復帰の余地など毛頭もない形で引退した船木が、どのような経緯で復帰を決断したのか。当時の心中を赤裸々に語った。


【THE FACT~船木が見た事件の裏側(10)】心が動きました。2005年のことでした。前田(日明)さんのこのセリフにです。

「UWFの続きをやらないか」

 何を言われても、復帰などありえないと自分は思っていました。「真説タイガーマスク」というVシネマでタイガーマスク役を演じても、谷川(貞治=元K―1プロデューサー)さんに「秋山(成勲=柔道アジア大会金メダリスト)とかホイス(グレイシー=ヒクソンの弟の柔術家)とやりませんか」と言われても、です。

 ヒクソンに負けて、ああいう形で引退したんで(負けたら去ると宣言して実践)復帰したらファンへの裏切りになると強く思っていたんですね。だから、10年ぶりに再会した前田さんに「マスクマンにならないか」と、復帰を要請されたときも「ないですね」と即答したくらい。どんなマスクか? 同じ年に公開された映画「SHINOBI」のキャラで忍者です。

 でも、前田さんのこの言葉は違った。すごい響きましたね。「スーパーUWFという名前にして、格闘技の選手にプロレスラーも入れてやりたい。それはどうか」と言うんですね。UWFを解散させた張本人の前田さんが「続きをやりたい」と言うんです。これはもうやるしかないなと思いました。

 それと、マスクマンの話のときに前田さんの口から「復帰」という言葉が出たことも大きかったですね。谷川さんとかに言われるのと違って、前田さんは選手だった人。その前田さんが言うんだから「復帰もありなのかな?」となっていて…。復帰うんぬんより「UWFの続きをやりたい」という気持ちでした。

 前田さんがスーパーバイザーを務める上井(文彦)さんの「ビッグマウス・ラウド」という団体に自分も協力するということで、05年9月11日の旗揚げ戦でリング上からあいさつしました。年明けに徳島で村上一成を相手に復帰戦、その後に後楽園ホールで天龍(源一郎)さんとのシングルマッチも決まってました。

 ところが、前田さんと上井さんの仲がおかしくなったんです。自分は「前田さんありきで復帰を決めたので、前田さんが引くとなれば自分も引きます」と上井さんに話しました。これで復帰の話はゼロに戻ったんです。

 それでも柴田勝頼が「自分との練習は続けてください」と言ってきてくれて、1年後には「総合格闘技をやりたい」と言い出した。自分はセコンド。久しぶりに入った選手控室は居心地がよかった。柴田が勝って、リングに上がったんですが「やっぱりここかな」と思ったものです。

 柴田がこの試合で骨折したので、また解説。米ロサンゼルスでの桜庭(和志) vs ホイス戦でしたが、桜庭は後輩だけど年は一緒。「まだ頑張ってるな」と思いました。そしてメディカルチェックに桜庭が引っかかったときの代打でロスに来ていたのが(同い年の)田村(潔司)。「田村もまだ頑張ってるんだ」と思うと同時に「俺は何やってんだ」と思いましたね。

 一回、復帰に火がついてるだけにムズムズしちゃって。帰国してひとりになったときに、復帰しようと決めました。谷川さんに「復帰したいんで相手を探してください」と連絡しました。前田さんは「俺が火つけちゃったかな」と言ったそうです(笑い)。

 07年の大みそか、桜庭戦で復帰しました。蹴りがものすごく痛かったです。今はブランクの分、同い年の選手より長く現役を続けようと思ってますよ。


【今回の事件】ヒクソン・グレイシーに敗れ、2000年に現役引退した船木は格闘技戦の解説や俳優の活動をしていたが、05年に前田日明がスーパーバイザーを務める「ビッグマウス・ラウド」の旗揚げ戦のリングに登場。全面協力することを宣言。これで復帰の機運は徐々に盛り上がり、07年の大みそかに行われた「K―1プレミアム 2007 Dynamite!!」の桜庭和志戦で現役復帰を果たした。

 ☆ふなき・まさかつ 本名は船木優治(まさはる)。1969年3月13日生まれ、青森県弘前市出身。84年、新日本プロレスに入門。翌年に15歳11か月の史上最年少デビュー(当時)を果たした。89年、UWFに移籍。その後、藤原組を経て93年にパンクラスを設立。ヒクソン・グレイシーに敗れ引退したが、2007年に現役復帰。現在はフリーとして活躍。181センチ、90キロ。主なタイトルはキング・オブ・パンクラシスト、3冠ヘビー級王座。得意技はキック、掌底など。

関連タグ:

ピックアップ