ロック様の「金言」 ハリウッド進出直前の千載一遇

2021年09月15日 11時00分

まさに現代のカリスマだったロック(東スポWeb)

【鈴木ひろ子の「レスラー妻放浪記 明るい未来」6】今、「世界で一番有名なプロレスラー」といえばこの男だろう。「ザ・ロック」ことドウェイン・ジョンソン(49)は世界最大のプロレス団体WWEを制圧した後、ハリウッドに進出し大成功を収めた。米経済誌フォーブスの「最も稼いだ俳優ランキング」では一昨年、昨年と2年連続1位のスーパーセレブだ。米WWEで活躍したKENSO(ケンゾー=47)&鈴木ひろ子氏(46)夫妻による連載「レスラー妻放浪記 明るい未来」の第6回は満を持してロック様が登場。鈴木夫妻が初対面で味わったロック様の“妙技”とは――。

 ケンゾーがWWEデビューしたのはザ・ロックがちょうどハリウッドに進出した頃でした。

 初めて一軍に合流して会場入りした際、われわれが驚いたのは会場の空気の硬さでした。陽気なアメリカ人だけに、皆気さくで和やかなのかと思いきや、そこはまさに戦い。激しいレギュラー争いで笑顔の裏にも緊迫していました。

 というのも二軍には相当数のレスラーが控えており、当時のWWEでは、一軍に呼ばれてテスト出演しては二軍に戻る、を繰り返すのが常。継続して呼ばれ、さらにテレビショーに試合を組まれ、そこでレギュラーを取るのは至難の業。われわれのような新人は「来週いるかわからない選手」であり、レギュラー選手にあいさつをして回っても、気軽に受け答えしてくれるのは立場が近い若手ばかりで、中には上の空のやりとりもしばしば。むしろ大御所やトップスターに対しては、名を名乗ることすらずうずうしく思えてくる緊張感でした。

「日本から来ました。ケンゾーです」。あいさつをすると、決まって若手は「どこの団体にいたの?」と返します。なかには日本の団体のリングに上がった経験があるレスラーも多く、みんな親日家。日本の話題で和んだあたりでケンゾーが大きな体の脇で隠れている私を引っ張り出して付け足します。「これが僕のワイフ。ゲイシャガールのヒロコです」

 若手同士はここに至ったいきさつやバックステージでのおきて、気をつけなければいけない先輩などを教えてくれて少しずつ打ち解けました。そうして歩き回りスタッフまで一人残らずあいさつをしていた時、ふと私の目がくぎ付けになりました。まさにトール・ダーク・ハンサム。大きな体に小さく整った端正な顔。それは当時トップスターだったロックでした。

「こんにちは。日本から来たヒロコです。スマックダウンでデビューします」

 隣のケンゾーの存在も忘れて駆け寄ると、突如視界に入り込んだ小さな物体に、ロックは目を丸くしました。

「オッ。ワオ。エッ…僕はドウェイン・ジョンソンです」

 驚きのあまり、本名を名乗ってしまうトップスターを前に、私は間髪を入れずに自己紹介を続けました。ところが夫の紹介を始めても、ひるんだ夫が出て来ない。ロックが私に言いました。

「それでその『夫』はどこ?」

 あそこです、と私が指をさすと、唖然(あぜん)としているケンゾーがすっ飛んできました。硬直するケンゾーに、ロックが笑顔で言いました。

「はじめまして、ドウェイン・ジョンソンです(笑い)」

 彼は握手をしながらケンゾーに尋ねました。

「でかいな」

「ぼくっ…でかいです」

 これが彼とケンゾーの最初のひと言でした。

「新日本(プロレス)でデビューしてます。大学まではラグビー、やってました」

「僕はアメフトだよ」

 彼はマイアミ大学時代にはプロを目指すほどの名選手です。なんとなく同じ楕円球を追いかけていたという共通点だけでも私はうれしくなりました。笑うと端正な顔に真っ白い歯がきらきらと輝き、身長はケンゾーとちょうど同じくらいなのですが、頭はわかりやすいほどケンゾーの半分です。

「どんなキャラ?」

「日本の王様? みたいな感じらしいです」

「ミセスケンゾーは…プロレス…するの?」

 小柄な私にいぶかしそうに尋ねるロックに、私が答えました。

「私はレスラーじゃないけど、プロレスも練習してます」

 ロックはにこりと笑って、改めてこうメッセージをくれました。

「2人の幸運を祈るよ。また会場で会えるように」

 ありがとうございます、と夫婦の声がそろうと、彼がそっと付け加えました。

「チャンスをものにしろ、1回のチャンスだ、つかんで離すなよ」

 ケンゾーの背中をポンとたたくと、私にウインクし、ロックはあっという間にわれわれが近づけない、上層部の輪の中に戻りました。

 はたと振り返ると、私たちの後ろに唖然とする若手の集団がいました。何を話したんだ、なんて言われてたんだと、根掘り葉掘り詰問され、私の傍若無人な振る舞いに、若手は私を「スーパーゲイシャガール」と呼び、一気に距離が縮まりました。「次回いないかもしれない」若手はあんなにずうずうしくスーパースターに話しかけるものではないと、ようやく気付いた鈴木家でしたが、実は、ロックは本格的なハリウッド進出を決め、その特番(PPV大会)を最後に、しばらくリングを離れることになっていたのです。それは千載一遇の機会でありました。

 あれからロックは「1回のチャンスをつかんで離すな」という言葉通り、正真正銘のハリウッドスターになりました。今考えると、彼が次の目標に猛烈なエネルギーを発していた瞬間に出くわしていたのです。 

 ☆ドウェイン・ジョンソン 1972年5月2日生まれ。米カリフォルニア州出身。祖父ピーター・メイビア、父ロッキー・ジョンソンのプロレス一家に育ち95年にデビュー。ザ・ロックとしてWWEマットで圧倒的なカリスマ性を発揮し、数々のタイトルを獲得。人気絶頂の2002年にハリウッドへの本格進出を決意。俳優に転身すると、ホブス捜査官役で出演した映画「ワイルド・スピード」シリーズや主演作「カリフォルニア・ダウン」などが大ヒット。フォーブス誌によれば20年の年収は8750万ドル(約96億円)。196センチ。

 ☆ケンゾー 本名・鈴木健三。1974年7月25日生まれ。愛知・碧南市出身。明大ラグビー部を経て一度は就職するが、99年に新日本プロレス入り。2002年2月にアントニオ猪木から当時混乱していた新日本の現状を問われてリング上で「僕には自分の明るい未来が見えません」と発言したのは語り草だ。その後は米WWE、ハッスル、全日本プロレスなどで活躍。現在は共同テレビジョン勤務。191センチ、118キロ。

 ☆すずき・ひろこ 1975年2月14日生まれ。千葉・船橋市出身。明大卒業後に福島中央テレビにアナウンサーとして入社。2003年にケンゾーと結婚し翌年に渡米。WWE入りした夫とともに、自身は日本人初のディーバ「ゲイシャガール」として大活躍。ハッスルやメキシコマットでも暴れ回った。現在は政界に転身し、千葉県議会議員を務める。一児の母。

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