西武・内海哲也投手(40)が19日の楽天戦(ベルーナ)で引退試合に臨み、19年間のプロ生活にピリオドを打った。巨人1年目の2004年からプレーし、2度の最多勝に輝くなどエースとして活躍。19年からFA人的補償で西武に加入し、今季はコーチ兼任だった。そんな内海と、公私ともに交流のあった本紙評論家・前田幸長氏が「知られざる秘話」もまじえながら、ねぎらった。
【前田幸長・直球勝負】引退が発表された当日、LINEで「お疲れ」とメッセージを送ると、律義な彼はすぐに返事をくれた。テツは一言で評せば「真人間」。この世界にはクセのある人も少なくない中、至ってまじめで自分勝手なところがまったくない男だ。
ジャイアンツで一緒にプレーしたのは、4シーズン。今でも当時のことが思い浮かぶ。敦賀気比から東京ガスを経て、2003年のドラフト自由獲得枠でプロ入り。巨人へ入団してきた当初の彼は、本当に苦労していた。1年目は0勝、2年目も開幕ローテに入りながら4勝どまりと、なかなか開花の兆しを見いだせずにいた。
このころ、口の悪い自分はよくテツに対して「おい、いつ本気出すんだ?」とジョーク交じりにちゃかしていたものだ。人懐っこい上に、まとも過ぎるぐらいの「ナイスガイ」だったから、一軍では多くの先輩投手たちからかわいがられていた。私も同じ左腕として、伸び悩む彼のことを気にせずにはいられなかった。たびたびテツを誘っては食事に出かけ、話を重ねながら気分転換を図った。
今だからこそ明かすが、正直に言うと、入団当初のテツには周りをびっくりさせるような能力がなかった。自由獲得枠で巨人に入ってきた割には、そこまで言うほどすごいボールを投げられるわけでもない。このことはテツ本人にも直接話したことがあるのだが、彼はいい意味で予想を覆し、巨人のエースとして急成長を遂げていった。
内海哲也の真骨頂は、驚異的な粘り強さにある。走者を背負っても本塁にはかえさない。代名詞であるチェンジアップを磨き上げ、そのスタイルを確立させたのは何といっても壮絶な練習量だろう。キャンプ中、そして日々の試合でも彼は早いうちから球場入りし、長い時間をかけて黙々と体を動かすことを日課としてきた。現役時代の私が「まだアイツ、走ってるのか…」と口をあんぐりさせたのは一度や二度の話ではない。人一倍の努力の積み重ねが、今の彼をつくり上げたのである。
昔のプロ野球選手は、自分も含め練習を「やらされている人」がほとんどだった。だが、テツは違う。これまで私が見てきた中で、彼が練習を自ら率先して一番やり続ける選手であることは間違いない。〝超〟がつく「練習の虫」。そう断言できる。
そして真摯な姿勢の彼だからこそ、一緒にプレーした優秀な先輩投手たちから多くを学び、成長していったのだろう。
とにかく19年間お疲れさまでした。テツならば、引退後もきっといい指導者になれると確信しています。まずはその前にテツの息子さん2人を、私が会長を務めるボーイズリーグチームでお預かりしているので、少しばかり〝腕ならし〟を兼ねて臨時コーチを務めてもらえれば幸いです。(本紙評論家)












