オリックスOB・井川慶氏 令和の剛腕・山本由伸に〝早期メジャーのススメ〟

2020年11月03日 07時15分

オリックス・山本由伸(顔写真は井川慶氏)

 今季も低迷が続いたオリックスだが、中嶋聡監督代行(51)のもとで若い選手は躍動している。そんな中、2012年から4年間、オリックスに在籍したOBの井川慶氏(41)が来季のバファローズの反撃を予言した。

 

 かつて虎のエース左腕として活躍し、メジャーにも挑戦したレジェンド。さらには〝令和の剛腕〟山本由伸投手(22)の未来にも緊急提言した。

 ――オリックスは8月に監督交代があり、6年連続のBクラスが濃厚だ

 井川氏 成績が悪いから監督が代わるわけだし、主力としては申し訳ないと思うでしょう。雰囲気は重くなりますよ。でも中嶋監督代行になって若手に切り替えて上がっていこうとしていますね。二軍選手がチャンスをもらって活性化しているし、全員で戦ってる感じがしますよ。優勝じゃなくて来年、再来年のためにやっている。経験を積んでいる今が大事と思います。

 ――この先、実を結ぶ日が来ると

 井川氏 今はずっと落ちている状態なので上がってくる時はある。昔の広島だって、いい選手がたくさんいるのにケガ人で揃わなくてずっと優勝できなかった。オリックスも野手が育ってチーム力があるんだからケガさえなければチャンスはある。今季は開幕して山岡のケガもありましたし。

 ――1996年を最後に優勝から遠ざかっているが…

 井川氏 でも2014年にソフトバンクと競り合った時があったじゃないですか。自分は何もしてないけど金子(日本ハム)、西勇(阪神)とか、野手もいい選手がいた。その時とは違う若い選手、杉本、中川、太田打撃投手の息子(太田椋)もいるし、投手も枚数揃ってる。守り勝つ野球で頑張ってほしい。

 ――大物助っ人のジョーンズは…

 井川氏 1年目なら十分やってますよ。長期離脱もなくてしっかり動けた。相手投手のことがわかってくる2年目の来年の方が楽しみ。力が発揮されると思います。

 ――国内ナンバーワン投手との呼び声高い山本についてはどう見ている

 井川氏 どの球も力強くてすごいですね。あれだけ腕を振っているとケガが怖いです。彼が離脱するようなことになると優勝が程遠くなりますから。柱になってフル回転しないと優勝のチャンスがないというのは彼自身もわかってるはず。

 ――やり投げのような投球フォームだが

 井川氏 フォームはあれで合っていると思うんですけど、強い球を投げているとヒジ、肩に不安がくるし、それが何年も続くとガタがくるんです。まだ22歳で元気なんですけど、急におかしくなったりしたら…。

 ――抜いたり引いたりの幅広い投球術が必要と

 井川氏 覚えられたらいいですけど、彼には彼なりの考えがある。今がいい状態なんでそれを持続してほしい。人にいろいろ言われても自分が興味を持って取り組むならいいと思います。

 ――全球種キレキレの〝無双状態〟と言われる

 井川氏 僕も沢村賞取ったころ(03年)は全球種、自信ありましたもん。でも米国の5年目(11年)に急に球速が落ちたことがあったんです。今まで力で押し込めていたボールが使えなくって…ショックでしたね。年齢的なこと、コンディションのこともあって分岐点が来たんです。そうならないよう、いいうちに準備しないといけないです。(藤川)球児選手もいい状態の時に米国に行ってトーニングしましたもん。

 ――メジャーに最も近い投手とも…

 井川氏 22歳なんでもっとレベルアップできるはず。上のレベル、メジャーを目指すなら向上心を持ってやっていけると思いますよ。上の世界があるということを知ってほしいし、世界を見てほしい。上を目指したい、と思うことで意識が変わってさらにトレーニングをすることになります。日本では結果が出ているから調整方法はわかっているわけですから。

 ――ちなみに今すぐにでもメジャーで通用すると思うか

 井川氏 十分ですよ。全部高速で、変化球、カットボールは効きます。ただ、中4日で1シーズン、というのがあるのでそこの問題をクリアしないといけない。急には無理なんで段階を踏んで準備をしないとね。

 ――時期的には…

 井川氏 FAにしろポスティングにしろみんなが納得する形にしないといけないけど、行くなら早い方がいいです。価値も高い。サッカーでもそうだけど、若いと高いんです。僕は27歳でしたけど、30歳までに無理なら行かないつもりでした。27歳でもまあまあ自信はありました。米国に行きたいんなら、早い段階で米国仕様の練習、調整法をしていかないといけないです。しっかり準備をして球団やファンにも頑張って来いよ、と言われるようになってほしいですね。


 ☆いがわ・けい=1979年7月13日、茨城県出身。水戸商のエースとして名を上げ、97年のドラフト2位で阪神に入団。2002年に開幕投手を務め、エース左腕として活躍。03年には20勝で最多勝、最優秀防御率、MVP、沢村賞に輝き、チームの18年ぶりの優勝に貢献した。04年10月4日の広島戦ではノーヒットノーランを達成した。07年にポスティングシステムでニューヨーク・ヤンキースに移籍。マイナーでの登板も多く、メジャー成績は16試合で2勝4敗。12年に6年ぶりに日本球界に復帰。オリックスに4年間、独立リーグ・兵庫ブルーサンダーズに1年間在籍し、17年に退団した。