ロッテ、阪神、DeNAで13年間活躍・久保康友 プロ野球選手を肩書に持つ冒険家になっていた

2019年09月27日 16時30分

DeNAで通算1000奪三振を達成した久保

【クローズアップ野球人間】ロッテ、阪神、DeNAで13年間プレーし、今季はメキシカンリーグのブラボス・デ・レオンでプレーした久保康友投手(39)が、独自の野球観について語った。2017年を最後にNPBではプレーしていないが、現役投手として今後も海外でのプレー続行を予定。「投げられる限り、メキシコでも中南米でも台湾、ヨーロッパでもプレーしてみたい。とにかく知らない世界を見たいんで」と流浪の右腕として世界の野球界を席巻する考えを示した。

 さすらいの野球人と呼べばいいのか。久保が終わりなき旅の途上にいる。現在は帰国しており、家族とオフを過ごしているが、また来季もメキシコを含めた海外でのプレーを希望。「遠征先で空いた時間を利用して、世界遺産や遺跡を訪れたりね。そんな環境ってなかなかないですよ。選手として契約しているので、メキシコへの渡航費も球団が持ってくれる。ある意味、世界を渡り歩くためのツールとして僕には野球があるという感じですかね」。いわばプロ野球選手の肩書を持つ冒険家だ。

 そもそも、久保が海外でのプレーを選択したきっかけは何なのか。それはロッテ時代のチームメート・渡辺俊介(日本製鉄かずさマジック投手コーチ)の存在だという。

「とにかく慎重な人間。登板前も3日前から部屋にこもって集中して準備をするような人。そんな人が米独立リーグでプレー(14~15年、ランカスター・バーンストーマーズ)することになった。『スピードラーニング』で英語の勉強したりとか、準備万端にして出発していった。でも、帰ってきたときに『アメリカどうでした?』と聞いたら『行ったら何とかなる』って。以前なら考えられない答えに驚いて、あの俊介さんを変えた環境ってどんなのと思ったのがきっかけですね」

 石橋を叩いて渡る神経質タイプの先輩が一転、おおらかなアメリカンに。そのころ、阪神からDeNAにFA移籍し「いい条件で取ってもらったから、その価値に見合うよう責任を背負って野球という仕事をしている状態。その重荷を早く下ろしたかった」と悩みを抱えていた久保は、17年オフに自由契約になると海外移籍を模索。米独立リーグでプレーする道を選んだ。そして、翌18年には念願だったメキシカンリーグでのプレーにこぎつけた。

 だが、球団で用意するはずの住居も未契約で自力で物件契約する羽目に。また、給料未払いが発生するなど野球以前の問題で悩まされた。それでも「そういうもんやと思えば何とかなるんですよ」と受け入れた。メキシコ初年度は26試合に登板し8勝14敗、防御率5・98。152イニングで154奪三振を記録し最多奪三振のタイトルを獲得した。防御率は悪いようにみえるが、高地に球場があり打球が飛ぶ傾向にあり圧倒的な打高投低。防御率3点台までの投手は3人しかいない。

「NPBという狭い世界の野球しか知らなかった。でも、この野球の技術を使ってもっと広い世界が見たい」。来年で40歳になる。野球界では超ベテランだが社会では若手。好奇心、チャレンジ精神に満ちた流浪の右腕の旅はまだまだ終わらない。