コロナ禍に沈むMLB 私たち報道陣に勇気をくれたレッズのジョーイ・ボットの言葉

2020年03月21日 11時00分

オープン戦は中止となり、閉鎖されたスタジアム(ロイター=USA TODAY Sports)

【元局アナ青池奈津子のメジャー通信】ベトナム戦争後のPTSD(心的外傷後ストレス障害)で薬物中毒に陥ってしまった父に突然、異母兄弟を紹介されたトリー・ハンター。シーズンの初めにクラブハウスの報道陣にハグのあいさつをして回る2世大リーガー、ニック・スウィッシャー。二日酔いで完全試合を成し遂げた経験を持ち「野球がなければ犯罪者になっていたかもしれない」と、涙を浮かべながら心をさらけ出してくれたデービッド・ウェルズとの会話は、メッツのスタジアムで迷子になっているところを道案内したところから始まったなんて、おそらく誰も知らない。

 家族を養うために小学校を中退したロベルト・オズナ。一時は野球をやめバーテンダーをしながら世界を旅していたが、プロポーズするために一念発起して球界復帰したトム・ウィルヘルムセン。クリスマスに心臓まひを起こしたマイク・ナポリ。奥さんが急に産気づき、クローゼットの中で救急隊員の指示を受けながら赤ん坊を取り上げたタイ・ウィギントン。大リーグ取材を通して出会った「想像すらしなかった衝撃的なエピソード」は数えれば本当にキリがない。

 もう10年以上たつのが信じ難い。初めてこのコラムの仕事を頂いた時、私には文章も書けなければ、野球についても基本のルール以外ほとんど分からなかった。誤解を生むのを承知で言うと、今も野球はよく分からない。アナウンサーに採用された時、たいして喜ばなかった母が大リーグの取材をすることになったと言った時に初めて「あら、いいじゃない」と言ったのが、私のモチベーションだった。

「隔週で1000文字程度」で「日本人以外の選手を題材にしよう」から始まった執筆業。「もういいです」と言われるまで続けてみようと思ったコラムが、自分の米国生活を語る上でなくてはならないものになった。

 ニューヨークからロサンゼルスに引っ越して、誰も知らず、慣れない運転に泣きながらたどり着いたエンゼル・スタジアムで、大声で「あれ、こっち側(西海岸)で何してるんだ?」と気づいてくれたイアン・デズモンド。母を亡くしたばかりで球場へ行った時に「何かあったのか?」と気遣ってくれたショーン・ロドリゲスは、本人も数年前にフロリダで大事故に遭って大変な思いをしている。

 何げない選手の気遣いで精神的に助けられたことが何度もある。全てはクラブハウスが開いていて、選手たちが時間を割いて話をしてくれたから続けてこられたことだった。

 大リーグが開幕延期になる直前、全米での新型コロナウイルスの広がりを受け、クラブハウスへの立ち入りが禁止になった。球団広報や選手たちは、できる範囲で取材に応じてくれたが、一対一で時間も要する私のような取材陣にとっては痛手である。ただでさえ、選手の邪魔にならないか、無知なコメントを返してしまわないかと話しかけるのをちゅうちょするビビリ癖はいつまでたっても直らないのに。

 そんな時、トレント・ローズクランズ記者がツイッターで目にしたレッズのジョーイ・ボットのコメントに何倍もの勇気をもらった。

「(クラブハウスをずっと立ち入り禁止に)してほしくない。ストーリーのほとんどはニュアンス、感情や人間関係が含まれている。それがたとえ間違いだとしても、誰かが反応したり、選手たちが反応したりすることは顔の表情やトーン、その人について知ることでわかったりする。日々見ていなければ、そういうインサイトは語れないと思うし、正直ほとんどのファンはストライクや得点数については気にしていなくて、その選手のことを気にしている。どのスポーツでも、ファンたちは選手を身近に感じたいんだ。メディアの人は全員、アスリートとパブリックをつなぐ懸け橋であり、近くで接することができなければ、人間らしさをシェアすることはできないと僕は思う」

 不安がないと言えばうそになる。でも、再開されたらまたいろんな話を届けるんだ!という思いの方が強い。