ロッキーズのカルロス・エステベス投手 トライアウト200回でも諦めずつかんだ野球の道

2019年11月16日 11時00分

剛速球が自慢のエステベス(ロイター=USA TODAY Sports)

【青池奈津子のメジャーオフ通信】「話すならカルロス・エステベスだね。間違いなく」

 ロッキーズのクラブハウスで話す相手を悩んでうなっていると、気の良い広報のウォーレンがチームのキャラ立ち男だと薦めてくれた。

「あはは。僕はスペイン語と英語を話すからいつもみんなの通訳をするし、おしゃべりだし、インタビューも楽しむからね」

 ドミニカ共和国出身の若手でここまで臆さず英語で話す選手は少ないのでうれしくなって質問を重ねると、カルロスは人助けを苦にしなそうな笑顔と軽快な反応で、世間話でもするように自分のことを語ってくれた。

 すぐに、カリブ海育ちの明るさの中に知的さがにじみ出る。

「僕には『常に向上しなければならない切迫感』というプライドがあるんだ。両親ともリタイアしているけど、父は警察官で、母は会計士だった。ど田舎のど貧乏出身の2人が、その職に就いたのは、すごく勉強してすごくすごく頑張った証しなんだ。彼らが与えてくれた家や学校環境のおかげで僕はここにいられるから、学校でも悪い成績をとって両親をがっかりさせることは絶対にしたくなかった。母は何かやらかしたらフィールドには行かせてくれなかったしね。Cはノー!ノー! 大問題! かっこ悪い」

 幼いころからスペイン語字幕でテレビを見ながら覚えたという英語は、思わぬところで彼をバージニア州の私立高校へ導いた。

「16歳の時に大会で行ったマイアミで僕を見た人から奨学生として来ないかって声をかけられて。(プロ球団と)若いうちにサインできなくて、もうすぐ17歳になっちゃうからぜひ行くよって言ったのが始まりだったんだけど、南部なまりの英語は最初本当に早口で難しくて…。まぁ、分からないたびに抵抗なくいちいち『もう一度お願いします』って聞いていたおかげで英語はうまくなったけどね」

 話を止めないと聞きたいことばかりがかさむが、17歳で野球選手としてはすでに「年増」の感覚を持つ話は、以前にもカリブ海出身の選手から聞いたことがある。

「2年の予定が1年が過ぎたところで学校が経営破綻して。他の高校にも誘われたけど奨学金半分でも1万ドル。1ドル=50ペソのドミニカ通貨からしたら天文学的数字でしょ? だからドミニカに戻って野球のトライアウトを受けながら進学を目指すことにしたんだ。父からの大事な教えに、夢は追いなさい、でも、現実的であれって。だけどね、大学入学直前になってもどこも決まらなくて、もう18歳と年をとっちゃったから野球をやめようと思ったんだ。全球団でトライアウトを受けてダメだったから。ある時なんか2~3か月間で17回もブルワーズのトライアウトを受けたんだよ。ひどいでしょ? 自ら行ったり呼ばれたり、週に2、3回と30球団、いやぁ、ダサいよね」

 目を見開いて「信じられない」と言わんばかりの身ぶりで首を振りながら大笑いするカルロス。

「最終的に、大リーグが作った『年がいった選手にチャンスを与えるためのトーナメント』みたいなのに出たんだ。そのトーナメントでの僕の成績がすごくてさ、11イニングで24奪三振とか。オールスターにも出ちゃって。そこで、15歳から知っているロッキーズのスカウトが声をかけてくれたんだ。成長できることをようやく知ってもらえた。これが大学に入る3日前」

「計100回はトライアウトを受けた?」と聞くと「まさか! 200近く受けたよ!」と目を丸くして笑った。

「信じられないよね。当時、僕は背ばかりが高くガリガリの、ひどく変わったフォームで投げる投手でね。誰もがけがしてダメになるだろうと思ったんだって」

「あれ? オールAの成績を目指し、従順な自分が変なフォーム?」。口からぽろっと出たひと言にまたもや相好を崩して「変えようとしたんだけど、その投げ方じゃないとスピードが出なかったから打たれるんじゃないかって怖かったんだよ!」

 こんなカルロスだからこそ説得力のある言葉。

「人生はネバーギブアップ。やるなら心と体と魂で」

 ☆カルロス・エステベス 1992年12月28日生まれ。ドミニカ共和国サントドミンゴ出身。右投げ右打ちの投手。2011年にロッキーズと契約してプロ入り。16年にメジャーデビュー。リリーフ投手として定着し、同年63試合に登板。160キロ超の直球を武器に3勝7敗11セーブをマークした。今季は71試合に登板して2勝2敗。俳優のチャーリー・シーンとは本名が同姓同名という縁で、16年に対面したことも。