【レジェンド雀士からの金言】麻雀プロ界を創造してきたレジェンドへのインタビュー。今回は女性プロ雀士のパイオニアとして時代を切り開いてきた浦田和子にご登場願った。1987年、31歳の時に日本プロ麻雀連盟の女性麻雀プロ1号としてデビュー。同団体リーグ戦ではトップリーグに昇級し、「月刊プロ麻雀」主催の第27期王座(旧阿佐田哲也杯)も獲得した実力者だ。プロ引退後も日々麻雀と向き合う浦田に、麻雀を覚えたきっかけ、女性プロ雀士になった経緯、男だらけのリーグ戦を戦う中で感じていたことを聞いた。

 2人姉妹の妹として東京で生まれ、中学校ではテニス、高校では演劇に熱中していた。「演劇部ではシェイクスピアのリア王をやっていたんですが、セリフを覚えるのは大変でした。女子校だったんで宝塚歌劇団みたいな雰囲気だったかもしれません」

 高校卒業後、クレー射撃の会社に就職した。「入社後、お客様にアテンドするため、クレー射撃のインストラクターになる訓練を受けていました。社内大会で準優勝したんですが、勝ち切れなかったことが悔しくて、次は絶対勝つ!なんて感じで燃えてましたね」

 麻雀を覚えたのは高校生の頃、敬愛する父の影響だった。「帰還兵だった父は大の麻雀好きでした。近所の方たちとよく家でやっていたんですが、麻雀の時だけは普段とまったく違って、ものすごく真剣な表情に変わるんです。いったいどんなゲームなんだ?と興味が湧いて麻雀を覚えました」

麻雀専門誌「月刊プロ麻雀」では何度も特集され、表紙も飾った
麻雀専門誌「月刊プロ麻雀」では何度も特集され、表紙も飾った

 ほどなくして父たちと麻雀を打つようになった。「父が真剣になる理由がすぐにわかった私は、都内に“レディース麻雀”を掲げていた麻雀店があることを知り、行ってみたらマダムのみなさんが和気あいあいと麻雀を打っていたんです。まるで娘のように扱ってくれて、ご自宅にお呼ばれして麻雀を打って一緒に食事したりなど、本当に楽しかったですね」

 麻雀を通じて人脈もどんどん広がった。「日本麻雀道連盟という競技麻雀団体の麻雀大会に呼ばれて行ったら優勝したんです。大会後のパーティーには作家の五味康祐先生や阿佐田哲也先生、日本プロ麻雀連盟の小島武夫先生といった雲の上のような存在の方たちもいて、そこで女性プロ雀士を誕生させる予定があるので参加してくれますか?という話をもらったんです」

作家の鷺沢萠㊨とは親交が深かった
作家の鷺沢萠㊨とは親交が深かった

 1986年、女性プロ雀士として生きていくことを決断した浦田は、31歳の時に日本プロ麻雀連盟に入会した。「女性プロ雀士1期生には元宝塚歌劇団だった女優の加茂さくらさんをはじめ、歌手の方やモデルさんなど10人ほどいて、お披露目パーティーもありました」

 当時は女流リーグがなかったため、浦田は男性プロしかいなかったリーグ戦に参戦した。「実際に飛び込んでみると、想像以上に男の世界でした。女子プロはしょせんお飾りと陰口を叩かれたり、皮肉を言われることも日常茶飯事。当時は対局中のたばこもOKだったので、リーチが入ったりアガリが出ると、プハーと煙が顔に来て目にしみるんです。たばこを吸わない私は、煙を吹きかけられるたびに腹が立ち、絶対負けないからななんて闘志を燃やしてましたね。でも麻雀という自分の好きなことをやっているから、誰にけなされようが、何をされようが全然平気でした」

 タイトル戦でも結果を残してきた。「1994年に第6回麻雀最強戦の予選となる選抜大会があったんです。予選でも賞金100万円ということもあり、そうそうたるプロたちが出場していて、1回戦でいきなり小島先生と対戦したんです。私はラスだったんですが、対局後、小島先生は大きな声で『おいみんな、浦田和子やっつけといたからな!』と言ったんです。そのひと言でまた闘争心に火がついちゃって、2回戦目以降はもう攻めに攻めまくったら優勝できたんです。小島先生は私がひよらない女だということは分かっていたはずなので、プロ雀士として対等に扱ってくれていたのかもしれないと思ったらうれしくなりました」

第27期王座の祝賀会で〝ミスター麻雀〟こと小島武夫㊧から祝辞を受ける
第27期王座の祝賀会で〝ミスター麻雀〟こと小島武夫㊧から祝辞を受ける

 全国各地から大会ゲストにもよく呼ばれた。「小島先生と一緒にゲストに呼ばれることが多かったんですが、先生はどこへ行っても会場がどっと湧くようなあいさつをされるんです。お客さんを喜ばせるツボを熟知されていたので、先生の話術は天性のものなんですか?って聞いたことがありました。そうしたら『俺はね、よく寄席に行くんだけど、噺家が笑いを取るとき、どういう間(ま)で何を言ったら客が笑うのかを常に研究してるんだよ』って教えてくれたんです。わざわざ言わないだけで陰で努力されているんだなとプロとしての姿勢を学ばせていただきました」

 97年、日本プロ麻雀連盟を退会し、麻雀店の経営を始めた。「学生やサラリーマンがたくさん来てくれました。作家の鷺沢萠さんや伊集院静さん、プロレスラーの武藤敬司さんもよく遊びに来てくれて、とくに萠ちゃんとはよく飲みに行きましたね。麻雀店を経営しながらプロ活動も行っていましたが、麻雀って深く知れば知るほど答えがない。だから面白いんですよね」とますますのめり込んでいった。 ※後編に続く

 うらた・かずこ 1955年2月8日、東京都生まれ。B型。87年、日本プロ麻雀連盟に入会。97年、日本プロ麻雀連盟退会後、日本麻雀愛好クラブ(日本プロ麻雀棋士会)設立に参画。2002年には念願の第27期王座を獲得。好きな手役はタンピン三色(タンヤオ・ピンフ・三色同順)。好きな牌は2索。好きな映画は「007シリーズ」と「緋牡丹博徒」。座右の銘は「命あっての物種」。