森保ジャパンは、絶対的なFKキッカーの不在にも泣かされ続けた。北中米W杯は決勝トーナメント1回戦ブラジル戦(6月29日、米国・ヒューストン)に敗れて32強で幕を閉じた。大舞台の戦いでも、かつて日本の武器だった直接FKからの得点は生まれず。なんと森保一監督の2期目は無得点に終わった。大会直前に“名手”の元日本代表MF中村俊輔コーチが入閣して進歩の兆しは見せたが、得点パターンの一つに強化するまでには至らなかった。
森保ジャパンの2期目は、北中米W杯での32強決戦が最後の試合となった。2期目に直接FKが決まらなかった流れを象徴するように、大一番でも日本が武器にしてきた“飛び道具”はサク裂しなかった。
例えば、0―0の前半16分にペナルティーエリア左手前の絶好の位置でFKを得たが、MF鎌田大地(クリスタルパレス)が放ったキックはあっけなく壁にはね返されてチャンスを逸した。もちろん毎回決まるプレーではないが“得点のにおい”がしないのも事実。試合の流れをつかむ意味でも、決まらずともゴールに迫る精度が欲しいところではあった。もし日本のFKが脅威という印象を与えれば、相手もうかつにファウルをできなくなり、試合展開そのものが変わる可能性もあっただろう。
1次リーグを振り返っても、鎌田をはじめ、MF伊東純也(ゲンク)、MF久保建英(レアル・ソシエダード)が直接FKを蹴ったが、ゴールは生まれなかった。第1次政権の期間中には数少ない成功例として、MF相馬勇紀(現町田)とMF原口元気(現ベールスホット)がそれぞれ直接FKを決めたが、不動のキッカーというわけではなかった。
北中米W杯では鎌田や伊東が主にキッカーを担ったが、大舞台に向けてギリギリまで改善に向けて懸命に動いていた。メキシコ・モンテレイの事前合宿中、4月に就任したばかりの中村俊輔コーチが見守り、伊東、鎌田、久保に加え、DF菅原由勢(ブレーメン)やMF田中碧(リーズ)が、居残りでFK練習を実施した。
そのとき伊東は「サイドとかコーナーはよく蹴ることがあるけど、直接はあんまり蹴ったことはなかったので、思ったより蹴れるなと思った。やっぱり一番FKがうまい人から教われるのはいいこと」とコメント。FKのゴールにはつながらなかったが、オランダとの初戦ではFW小川航基(NECナイメヘン)の頭に合わせるCKから“鎌田の1ミリ”による劇的弾が生まれた。
課題克服に向けて、俊輔コーチの存在は希望の一つ。今大会後もコーチを継続するかどうかは決まっていないが、日本代表コーチ就任前からテレビ番組の企画で同コーチに“弟子入り”していた久保ら名キッカーのポテンシャルを持つ選手たちに、継続して指導していけば…日本代表が求める“答え”にたどり着けるかもしれない。
日本代表がW杯で直接FKを決めたのは、2010年南アフリカW杯のデンマーク戦でのMF本田圭佑(現ジュロン)とMF遠藤保仁が最後。特に、本田が決めた30メートル弾は伝説となっている。世界的に見て直接FKによる得点は減少傾向とはいえ、30年W杯は負の歴史に終止符を打つことができるか。












