1967年の最も有名なビッグフットの映像「パターソン・ギムリン・フィルム」は完全にフェイクだった! ドキュメンタリー映画監督が語る。米誌ピープルが先日、報じた。

 マーク・エヴァンス監督(43)の新作ドキュメンタリー映画「キャプチャリング・ビッグフット」がテキサス州オースティンで開催中の「SXSW映画&テレビフェスティバル」で上映された。

 1967年に撮影された59秒の無声映像パターソン・ギムリン・フィルムは、手ブレ映像で、巨大で毛むくじゃらの生物が、カリフォルニア州ブラフクリーク近くの森の中をゆっくり歩いていく様子を映している。

 この16ミリフィルムの映像は、元ロデオスターのロジャー・パターソン氏と友人のロバート・ギムリン氏によって撮影されたもので、長年にわたり、生物学者、人類学者、さらにはハリウッドの特殊衣装専門家にまで検証されてきたが、捏造であると決定的に証明されたことはこれまで一度もなかった。

 状況が変わり始めたのは2024年6月のことだった。エヴァンス氏のもとにオリンピック・カレッジの非常勤講師テレサ・ブルックス氏からメールが届いた。そこではエヴァンス氏もドキュメンタリー制作の授業を行っている。

 エヴァンス氏は「父が亡くなった後、彼女は半世紀以上、金庫に封印されていた16ミリフィルムの缶を見つけたんです。現像を手伝ってほしいと言われ、もし興味があれば何か作品にできないかとも聞かれました」と語る。

 その時、エヴァンス氏は、そのフィルムが何であるか、まったく知らなかった。しかし、ブルックス氏の父ノーム・ジョンソン氏が、兄デイブ氏を通じてパターソンとギムリンとつながりがあったことが分かった。

 ジョンソン氏はシアトルのボーイング社で長年フィルム部門を率いていた人物であり、実はパターソン・ギムリン・フィルムを現像した人物だったのだ。

「パターソン・ギムリン・フィルムは公開されるや否や爆発的に広まりました。映画の中で誰かが言っていますが、『バズるという言葉が生まれる前にバズった』んです」(エヴァンス氏)

 ブルックス氏によれば、そのフィルムが長年金庫にしまわれていた理由は、母親が夫ジョンソン氏の関与を心配したためだった。母親は、フィルムが「フェイク」だと確信しており、夫が関与していたことでトラブルになるのではないかと恐れたのだ。

 エヴァンス氏はブルックス氏からメールを受け取った後すぐ、その16ミリフィルムを現像した。数日後、1967年の映像とよく似た場所で撮影された40秒ほどの映像を目にすることになる。そこには、やや痩せたビッグフットのような存在が森へ歩いていく姿が映っていた。

 エヴァンス氏は「本当の意味に気づくまで、9か月ほどかかりました」と語る。

 フィルムの刻印から、この映像が1966年に撮影されたもの、つまり有名な1967年の映像より1年前のものだと判明した。「最終的に分かったのは、これはテスト撮影、つまりリハーサルだったということです」

 フィルムがフェイクだったことを示す証拠を手に入れたエヴァンス氏は、ドキュメンタリー映画を作ろうと決意した。フィルム制作の裏側を追跡し、関係者たちにインタビューを行った。その中には、フィルムでビッグフットの着ぐるみを着ていた本人だと告白した80代のボブ・ヘイロニマス氏も含まれていた。

 エヴァンス氏は、1972年に亡くなったパターソン氏の家族は、これまで通り沈黙を守るだろうと予想していた。このフィルムは長年で数百万ドルのライセンス収入を生んでいたからだ。しかし、新しい映像を見せたところ、長男クリント氏はすぐに話す気になったという。

 エヴァンス氏は「クリントは何年も前に母親から、この映画が偽物だと聞かされていました。ずっとこの話を公にしたかったんです。ウソを背負うのは彼にとってとてもつらいことで、そこから解放されたいと思っていました」と言う。

 1967年にフィルムを制作・公開した時、パターソン氏はすでに自分が重病で長く生きられないことを知っていた。

「自分が死んだ後、若い子ども3人を抱えた妻を残すことになると分かっていたんです。だから彼は、家族に何らかの遺産を残そうとして、このフィルムに賭けたのです」とエヴァンス氏。

 また、パターソン氏が作ったビッグフットの着ぐるみについて、「クリントは、父親が家の裏でそのスーツをドラム缶の中で燃やすのを実際に見たと言っていました。約30分かけて、スーツを少しずつ火に投げ込んでいたそうです」。

 パターソン・ギムリン・フィルムはフェイクだったが、ビッグフットの存在がデマかどうかについては、今回のドキュメンタリーは証明していない。