ドラゴンゲートのストロングマシーン・Jが父のスーパー・ストロング・マシンと藤波辰爾(72)の〝直接和解〟の内容を明かした。

 藤波とマシンといえば1985年新日本プロレス熊本大会以来の遺恨がある。マシンに対し藤波は「お前、平田だろ!」と〝機械仕掛け〟であるはずのマシンの正体に唐突に言及。素顔を隠しながらもマシンがマスクを脱ぎ捨てたこの一件は、今でもファンの語り草だ。

藤波はスーパー・ストロング・マシンに「お前、平田だろ!」(1985年)
藤波はスーパー・ストロング・マシンに「お前、平田だろ!」(1985年)

 この事件に進展があったのは、ドラゴンゲート3日の後楽園大会だ。Jが藤波と組んでアジアタッグ王座に挑戦し、敗れたものの「親に代わって息子の俺が水に流してあの事件に今日、幕を下ろそうと思います」と歴史に終止符を打った。

 物語はここで終わらなかった。なんと控室で藤波とマシンが電話で直接語り合ったというのだ。取材に応じたJは「藤波さんが『お父さんもいたらよかったんだけど…』って言うので、僕が『じゃあ電話しますか!』って提案しました。親父(マシン)には何も言ってないので、藤波さんが『もしもし』って言ったら、親父は『誰ですか』って。『藤波です』って返事に『えー!!』って驚いてました(笑い)」と明かした。

「藤波さんは『元気にしてるか、あれからまともに話したこともなかったからな。いろいろ大変だと思うけど飯でも行こうよ』って。親父はもう言葉が出てきてなかったですね。でも、だんだん状況をのみ込んできて、ほほえましい感じで会話してました。お互い年齢が年齢なので、体の検査をした方がいいとかそういう話ばっかりしてました」とJは振り返る。

 騒動以降、家庭では藤波の名前が出てくることはめったになかったが「(電話で)事件の話はしなかったですけど、僕が『親に代わって水に流したよ』って言ったら笑ってました」と清算された様子だ。Jは「これで本人たちが良かったなって思ってくれるんだったら、親孝行だなって思います」と笑顔だった。