WBC連覇がかかる日本代表の戦いが6日の台湾戦(東京ドーム)から幕を開ける。侍ジャパンは大谷翔平(31=ドジャース)ら8人のメジャーリーガーを擁する最強布陣だが、WBCとはどんな大会か。2013年の第3回大会に出場し、MLBを経て11年ぶりに日本球界に復帰した前田健太投手(37)が思いを語った。
――当時を振り返ると
前田健 それまで海外で野球をやることには、全く興味がなかったんですが、WBCを経験してやっぱりメジャーに行きたいなと思うようになりました。僕が出場した13年はまだ相手にも少なかったですけど、何人かはメジャーリーガーがいて。すげえなと思いましたし、自分もこういう舞台でやってみたいと。
――大活躍だった
前田健 当時は米国のボールの感覚とかも分からない中、やれるかもという感触もありましたし、あそこでボールが合わなかったりしたら、自信をなくしていたかもしれないです。WBCで結果を残せたのも大きかったですね。
――野球以外の思い出
前田健 実際に米国で野球をやるのって、すごく大変なことだった。それまでの自分はすごく小さな世界で野球をやっていたなって。「世界は広い。俺ももっと頑張らなあかんな」って思いましたね。
――何が大変だった
前田健 今は日本もメジャーリーガーがいるのは、当たり前になりましたよね? 僕が出た時(13年)は誰もいなかった。だから米国に行った時、結構大変だった。誰も米国のことを知らない(笑い)。「食事はここがいい」とか「ここに行けば、これを食べられる」とか。だから、あの時は自分たちで開拓していったんです。
――治安などは
前田健 サンフランシスコとかアリゾナとか、夜中にみんなで歩いてどこに何があるとか覚えていったんです。怖かったですよ。夜中とかは叫んでいる人もいましたし。そういう意味では、すごく社会勉強にもなりました。誰かの助けもなく、そういう中で生活していくという意味で。
――日本は恵まれた環境と感じるきっかけに
前田健 それはありますね。食事や環境、治安的なものも。僕らはすごく恵まれているんだなって。食事会場がホテルにちゃんとあったりとか、食べたいものを食べられてっていうのが当たり前だったので。もう1回、ハングリー精神みたいなものを植えつけられたというか。大会後に日本に帰って余計に思いました。これだけ全てのことが整っている中で野球をやれることは、当たり前じゃないと。より強く感じるようになりました。野球をやっていく上で、すごく勉強になった時間でしたね。
――16年からのメジャー生活にも経験が生きた
前田健 ですね。メジャーに行く時、その環境でやったことによってある程度、心の準備もできていた。野球以外の部分で何か足りないものがあったとしても「こういうものだよな」という感じで。正直、旅行とかでハワイに米国に行くのとは全然違う。僕は、それまでは日本シリーズもクライマックスも行ったことがなかった。プロとしての大舞台が、いきなりあの舞台(笑い)。WBCのような大きな舞台で戦うというのは、本当に得るものも多い経験になりました。
――今の侍ジャパンをどう見ている
前田健 今の代表に選ばれた若い選手たちは正直、うらやましいなという思いもあったりします。僕が代表だった13年前は、メジャーリーガーは誰もいませんでしたから。メジャーリーガーが代表に参戦してくれるというのは、その他の日本でプレーしている選手からすると、すごくいい学びの機会になると思います。今なら(宮崎合宿で指導した)ダルさん(ダルビッシュ)もいますし、翔平も(鈴木)誠也も(菊池)雄星もいる。一緒にプレーできることって、僕らの時はなかったですから。
――確かに
前田健 例えば、翔平と一緒にプレーしたくても、ひと昔前なら自分がドジャースに入るしかない。でも、今は代表に入ることができれば、かないますから。自分自身を磨くことにも必ずつながると思います。話すこともそうですけど、練習を見るとか、どういう準備しているのかとか、プレーを見るとか。ちゃんと学ぶ姿勢を持って臨めば必ずプラスになる。代表でプレーする選手はもちろん応援していますし、頑張ってほしい。(大会を)楽しみにしています。
【2013年WBCでベストナイン】13年のWBCで侍ジャパンは、準決勝でプエルトリコに敗れてベスト4に終わった。当時、広島に在籍していた前田健は3試合に先発。15イニングで18三振、防御率0・60を記録して大会ベストナインに選出された。今大会で指揮を執る井端監督とは、代表でチームメートだった。16年から活躍の場をMLBに移し、ドジャースやツインズ、タイガースで通算68勝をマーク。NPB通算は97勝で大台の100勝まで3勝に迫り、日米通算165勝で200勝まで35勝としている。















