【取材の裏側 現場ノート】亡くなったジャンボ尾崎さんで一番印象に残っているのが、コンドミニアムでの痛々しい姿だ。あれはマスターズに出場した年、私は特派員としてジャンボさんに同行取材していたのだが、待てど暮らせど練習場に出てこない。そこでコンドミニアムに行ってみたところ…。ジャンボさんは三角巾姿でアプローチの練習をしていた。

 何でも肩を痛めて腕が上がらなくなってしまったそうで、本人いわく「五十肩かな?」。普通ならそんな姿をマスコミに見せたくないところだろう。それでも同行したカメラマンにバシャバシャ写真を撮らせていた。

「いて(痛)えのはしょうがないだろ」

 とにかくキップのいい人だった。

 にもかかわらず、その直後に開幕したマスターズでは初日4アンダー! これにはたまげた(最終日は失速したが)。ただ、アメリカとは不思議と縁がない人で、TPC(プレイヤーズチャンピオンシップ)に出場するために渡米したのに痛風で出られなかったり…。「飛行機が嫌い」という致命的な問題もあった。

 そんなこんなで国内での無双状態が続くわけだが、40歳を過ぎてからの連戦連勝ぶりはすごかった。デスクからは「勝っても負けてもジャンボで記事を作れ!」と言われたほど。お正月のジャンボ軍団のトレーニング始めでは、奥さまの義子さんがジャンボさんの地元・徳島の宍喰(ししくい)のお雑煮を振る舞ってくれ、とてもおいしかったことを覚えている。

(1988~2001年、ゴルフ担当・栃木英克)