〝100年に一人の逸材〟にラストエール――。新日本プロレスの来年1・4東京ドーム大会のオカダ・カズチカ戦を最後に現役を引退する棚橋弘至(49=新日本プロレス社長)が立命館大学時代に所属していたプロレス同好会の先輩でお笑い芸人のレイザーラモンRGが〝逸材〟のキャリアを振り返った。引退後には社長として日本プロレス界の統一を要求し、実業界でも「チャンピオン」になることを待望した。
【RGが語る「棚橋弘至」後編】RGは立命館大時代にプロレス同好会に入った棚橋の一学年上の先輩となる。学生プロレスで注目を集める存在となった棚橋は、その勢いで在学中に新日本プロレスの入団テストを受け、2度目で合格。RGは「(厳しいとされる)新日のオーディションも『余裕だった』とか聞いて、ビックリしましたね。でも、長州(力)さんに『大学を卒業してこい』と言われたそうで。そこからプロの世界にいきましたけどね。棚橋のベストバウト? デビュー戦(1999年10月、対真壁伸也=現真壁刀義)ですかね。殴る、蹴る、組み合うだけの試合だったんですけど感動しました。棚橋のすべてが詰まっていたと感じた。その後の試合も全部いい」という。
棚橋がデビューした後も同好会のメンバーらとともに年に1、2度は会っているという。RGは「悩んでいても、僕らにそれを見せることはなかった。だけど、新日本らしくないと言われてファンからブーイングを受けていましたし、格闘技が盛り上がっていた時期で…。そういう中でも自分を貫いていたし、僕も『すごい選手なんだぞ』と言い回って、棚橋を盛り上げていたという自負はあります」という。
逆にスター街道を歩み始めてから「棚橋絡みでいろいろな仕事もさせてもらいましたね。もらった仕事はたくさんあります。高級車1台分くらいは稼いだ? そこは言い難いですけど…」とし「チャンピオンになってから僕が『棚橋』と呼び捨てにしていたら(博多)大吉さんに『チャンピオンと言え』と怒られましたね」と頭をかいた。
現役を引退することを問うと「女性に刺された時(02年11月)もブーイングされた時も一切ブレずにやってきた。新日本を再び盛り上げた立役者じゃないですか。マット以外にファンサービスやスポンサーとの付き合いも全部やってきましたから。そこはみんなに知ってもらいたい。すげえことしてきたんだぞってね。アントニオ猪木さんやジャイアント馬場さん的な地位に近いんじゃないか。東スポやプロレスメディアは棚橋への愛が足りない。もっとたたえていい」と語気を強めた。
今後に期待することを聞くと、少し考え込んで「日本プロレスを統一してほしい。いまはDDTといい感じですよね。彼はバランスがいいし、各団体をまとめる力があると思う。日本プロレス界を一つにして世界進出です。いや、もう考えているのかも。選手としてチャンピオンにもなったし、今後は社長として世界に出てほしい。次のライバルは(ソフトバンクの)孫正義さんと(楽天の)三木谷(浩史)さん。ぜひ、ビジネスの世界で戦ってほしい」と待望した。
最後に〝あるある〟をお願いすると「案外、新人選手たちにイジられがち~。若手は『腹筋を見せてほしい』とか『棚橋社長にあこがれていませんけど』とか。ヤングライオンは社長イジりする~」と披露した。














