福岡・天神のど真ん中で長く愛されてきた老舗「そば処みすゞ庵」が、今年12月20日で73年の歴史に幕を下ろす。店頭で会計をこなしながら客に笑顔を返してきた社長の小籏三保子さん(87)は「もう疲れ果てて、そろそろいいかなと思った」と静かに語る。名物「カツカレーそば」をはじめ、変わらぬ味を求める客が連日列をつくり、天神の冬に名残惜しむ空気が広がっている。
閉店を知らせる貼り紙が掲げられたのは11月15日のことだった。それを目にした人たちの胸に驚きと寂しさが広がり、「最後にどうしても食べたい」と店を訪れる客が増えた。街の中心で親しまれてきただけに、「まさかこの味が終わるなんて」と足を止める人も少なくない。
1952年(昭和27年)の創業以来、店を支えてきたのは家族の力だった。19歳で店を切り盛りし始めた夫の姿を、当時25歳だった小籏さんは結婚と同時に間近で見るようになった。夫とその母とともに働く日々が、いつしか生活の中心になっていったという。
味の要となってきたのが“だし”だ。昆布やサバ節、うるめ節のうま味を重ね、かえしで仕上げる深い味わいが店の味をつくってきた。「主人は味に厳しくて、落ちるくらいなら店をやめた方がいいと言う人でした」。その思いを守るように、小籏さんは会計や店まわりを担い、従業員とともに暖簾を支えてきた。
名物「カツカレーそば」(1050円)は、常連客のリクエストから生まれた。もともとあった「カレー南蛮そば」の鶏肉を「カツに替えてみたら?」と言われ試してみたところ大評判となり、すぐに定番の一杯へ。揚げたてのカツに、だしの香りが立つカレーを合わせる味は、長年の人気を支えてきた。仕込みの上限は1日150食で、閉店が近づく今はより多くの注文が入るという。
もう一つの名物が「えびむすび」(1個210円)。揚げたてのえびを天丼だしで軽く絡め、温かいご飯でむすんでからのりを巻く素朴な一品で、「熱々でおいしいですよ」と小籏さんも笑う。
客からの言葉も、店を続ける力になった。「『おいしかった』のひと言ほど、しみるものはありません」。韓国から訪れた観光客に「日本一だよ」と声をかけられた時は胸が熱くなったという。
40年以上働いた従業員の存在や、地下フロアまで営業していた頃のにぎわい、そして先に逝った仲間の面影。「従業員がいなかったら、ここまでは続けられませんでした」。積み重ねた年月の重みが言葉ににじむ。
ビルを共同所有するベスト電器本店の閉店も、今回の決断を後押しした。以前から「今年でやめよう」と考えており、状況が重なって73年の歴史に自ら区切りをつけた。
天神という街について尋ねると「大事にする故郷のようなもんじゃないですか。ずっとここでやってきたから」と目を細める。休む間もなく働いてきただけに「のんびりします。どこに旅行しようか考えるのも楽しみでね」とほほえむ。
最後に、小籏さんはそっと語った。「おいしかったと笑って帰ってくださる皆さんに支えられて、ここまでやってこられました」。73年積み重ねた時間が、静かに幕を下ろそうとしている。















