プロレスと出会ったのは1993年、高校2年生の時でした。2つ下の弟(佑至)が深夜に起きてテレビを見ていたので、一緒に見るようになって、俺の方がハマるという流れです。当時は新日本プロレスと全日本プロレスの中継があって、高校の時のアイドルは小橋建太さんと武藤敬司さん。2人のポスターが部屋に飾ってありました。2人とも明るくて、ムーンサルトプレスを使って、肉体もカッコ良くて…正統派のレスラーでした。

 やっぱりプロレスを見ていて抱いたのは「憧れ」ですね。今こうして人前で戦ってますけど、当時は人前で話すのが苦手で照れ屋だったので、プロレスラーになったら、もっと自分自身に自信が持てる人間になれるんじゃないかって。肉体とか技の派手さではなく、精神というか存在そのものに憧れました。何でこの人たちはこんなに自信満々なんだろう、俺もこうなりたいって。

 高校では同じクラスの友達2人とプロレス同好会をつくって、休み時間にプロレスごっこしたりしてました。ジャンケンして勝った方が好きな技をかける感じです。高校3年生の時に岐阜産業会館で初めて全日本プロレスの大会を観戦したんですけど、目の前のプロレスラーのデカさにビビったのを覚えてます。

高校時代の棚橋弘至(新日本プロレス提供)
高校時代の棚橋弘至(新日本プロレス提供)

 同好会の同級生とは大学生になってからも一緒にプロレス観戦に行きましたね。95年10月9日に東京ドームで行われた新日本とUWFインターナショナルの全面対抗戦は、その場にいないといけない気がして京都から東京まで行きました。武藤さんと高田(延彦)さんの試合はすごく印象に残ってるし、あの会場の盛り上がりを超える大会ってなかなかないんじゃないかなって思います。

 プロレスと野球に没頭した高校時代が終わると、京都の立命館大学法学部に進学しました。プロ野球選手になれないんだったら、それを伝える側の新聞記者になろうと思ってマスコミ系に強そうなところを受験してたんです。世が世なら、俺が東スポの記者になっていたかもしれないですね。

 そんな希望を抱いていて始まった大学生活だったんですけど、すぐに運命を変える出会いが待っていました。入学式の時にいろいろなサークルが新入生の勧誘をしていて、プロレス同好会の話を聞いたら「面白そうだな」と。当時の会長さんに「ここからプロレスラーになった人、いるんですか?」と聞いたら「おるぞ」と言われて、俺もその気になってしまって。実際はいなくて、数年後には、俺が同好会OBでレスラー第1号になるという…。

 でも、あの会長の言葉がなければ今はなかったかもしれないし「世の中にはついてもいいウソがあるんだな」ということを学びましたね。