バルセロナ五輪柔道銀メダルでプロレスラーとしても活躍した〝元暴走王〟小川直也氏(57)が、自身のYouTubeチャンネル「小川直也の暴走王チャンネル」を更新。〝デンジャラスK〟川田利明(61)との初トークショーで、故アントニオ猪木さん(享年79)との思い出を振り返った。
8月に東京・京王百貨店新宿店で開催された「ANTONIO INOKI EXPO」の特別イベントとして実現。川田が2000年代前半、全日本プロレスの分裂後、全日本の大黒柱として新日本プロレスのリングに上がっていたときのこと。当時、新日本の取締役で猪木さんの右腕だった永島勝司さんと同席した際に「今、猪木がこの近くで飲んでいるから、会いに行くぞ」と告げられた。
川田によると「でも、これで俺が行っちゃったら、猪木さんの〝魔力〟に引き寄せられちゃうんじゃないかという発想があって、これは会っちゃまずいと思って。全日本側にも言い訳できないなと」と、猪木さんとの〝初会食〟をかたくなに断ったという。これにより、〝平成の仕掛け人〟永島さんのプロデュースによる、猪木さんとのジャイアント馬場さんの直弟子・川田の〝合体〟は不発に終わったのだが…。
小川氏は「何でオヤジ(永島さん)と?」といぶかしんだが、「残念。(会いに行っていたら)絶対、新日本に行ってました」と笑った上で「猪木さんの〝魔力〟というのはわかる」と話した。実際に元暴走王は、猪木さんから永島さん絡みでとんでもない役回りを押し付けられたことがあるからだ。
あれはまだプロレスラーに転向したばかりのこと。当時は「暴走王」のニックネームが誕生する前で、師匠の猪木さんから直接指導を受けていた。ある日、小川氏が猪木さん、永島さん、関係者らと会食。お酒のまわった永島さんと関係者がプロレスラーについて議論になった。会話は白熱して関係者は突如、激高。永島さんを激しくののしり始めた。
同席していた全員が沈黙する中、右腕のトラブルに〝燃える闘魂〟はこの緊迫した場をどう収めるのか? すると「ちょっと風に当たってくるわ~」と笑顔で言い残し、とっとと退席してしまったのだ。後に残された小川氏は、その場を収めるという役目を押し付けられてあぜん…。デンジャラスKと元暴走王が言う通り、これも猪木さんの〝魔力〟なのだろう。
猪木さんが2022年亡くなって、1日でちょうど3年がたったが、〝闘魂伝説〟はまだまだ尽きない。












