〝黒のカリスマ〟唯一の経験とは――。プロレス界のスーパースター、故アントニオ猪木さんのデビュー65周年記念イベント「ANTONIO INOKI EXPO」が、14日から東京・京王百貨店新宿店で開幕。オープニングイベントでは、猪木さんの付け人を務めたこともある蝶野正洋(61)が、師匠からこっぴどくしかられた思い出を振り返った。
イベントアンバサダーを務める、LDH所属の16人組ダンス&ボーカルグループ「THE RAMPAGE」の武知海青(27)と並んで質問を受けたが、猪木さんから怒られた経験を問われると「自分ちょっと、遅刻魔なんでね。1回だけ怒鳴られたことがある」と明かした。
蝶野は2002年6月に、坂口征二会長&藤波辰爾社長体制の新日本プロレスで取締役に就任した。この当時は猪木さんの肝いりで現場責任者となっていたのだが、役員がそろう大事な取締役会に5分ほど遅刻した。出演したユーチューブ番組や取材によると、遅れて出席した蝶野を、猪木さんは「テメー、ふざけんな、みんなに謝れ!」と烈火のごとく激怒。リング外ではめったに怒鳴らない〝燃える闘魂〟に叱りつけられたという。ところが、蝶野は師匠に怒られて「うれしかった」と、内心は喜んでいたとか。
ただ、猪木さんが「時間」に対し、厳格だったのは有名な話。蝶野はオープニングイベントでも「猪木さんは時間に正確。海外に行っても朝はランニングしたりと、コンディションに対してはストイックだった」と話しているが、〝燃える闘魂〟は「時間を有効に使う」ことにこだわりがあった。取材でも予定の時間より2時間以上も前に関係者を通じて連絡があり、「今からできないか?」と唐突に時間を変更してきた。当時の関係者は「会長は空き時間が嫌いだから」と話し、面会者にも時間に遅れないように伝えることもあったのだが…。
そんな猪木さんだっただけに、5分とはいえ取締役に抜てきした弟子が遅刻してきたことは、到底許せることではなかったようだ。猪木さんが亡くなってから、今年10月ではや3年。猪木伝説はまだまだ語られ続けている。












