2025年6月3日に亡くなった長嶋茂雄氏を偲び、同氏の第2次巨人監督時代を振り返った連載「ハダカの長嶋巨人」。常に話題の中心にいた「ミスター」を取り巻く人たちを含めた群像劇を、当時の東スポ巨人担当記者が振り返ります。
【ハダカの長嶋巨人#9・簑田浩二コーチの巻】
長嶋巨人の首脳陣の中で、異彩を放っていたコーチが一人いる。簑田浩二さん。長嶋監督と松井秀喜が国民栄誉賞を受賞した際には、2人の「師弟愛」が大きく取り上げられたが、簑田さんは松井にとっての「もう一人の師匠」だった。
巨人では主に外野守備走塁コーチを務めた簑田さんは、外野を初めて守ることになる素人同然の松井を、打球の追い方から始まって捕球、送球、打球判断全般に至るまで一から指導。のちにゴールデングラブ賞を取れる選手にまで育て上げた。自身の現役時は阪急の黄金時代でプレーし、3割30本30盗塁という「トリプルスリー」も達成。走攻守すべてにおいてレベルの高い「野球観」を持つ簑田さんへの取材は、自分も勉強になることばかりだった。
物腰も柔らかく、二枚目でスマート。選手の人望も厚かった。だが、怒るととんでもなく怖い人で、その怒り方も格好よかった。
周囲の誰もが口を出せない主力選手に対しても「ふざけんじゃねえ!」。現役時代の原辰徳を唯一、怒鳴りつけることができる人で、あの「10・8」の中日との最終試合決戦では、サインミスをした原をベンチで一喝している。長嶋一茂の起用法では「使ったほうが悪い」と長嶋監督の采配批判とも取れるコメントを口にし、大問題になったこともあった。
フロントやほかのコーチに対しても「おかしい」と感じたことははっきり口にし、派閥やなれ合いが大嫌い。だから巨人退団時に読売新聞系列の評論家として再就職を打診された時も「結構です」ときっぱり断り、奥さんには「どうしてそんなにいい話を断ったのよ!」と怒られたそうだ。「クビにされたのに『お世話になります』なんて言えるか!」。それが簑田さんのプライドだった。
退団後は、フジテレビとテレビ東京の誘いを受けたが、ここでも筋を通して「先に誘ってくれた」テレビ東京の解説者に。自分からは絶対に媚(こび)を売ることはないから「コネ」が大きくモノをいう球界への再就職からは縁遠くなっているのだろう。そんなところも簑田さんらしい。
だが、誰もがありがたがる「巨人」というブランドや権威にも屈しない、そんな簑田さんのような人ほど、巨人には必要な人材なんじゃないかと思う。いつか松井秀喜が巨人の監督をやる日が来るのならば、ヘッドコーチとしてユニホームを着ている簑田さんの姿を見てみたい。













