【プロレス蔵出し写真館】「絶対、怒ってるよな…そう思ってビクビクしてた」。当時、東スポに入社して2年目だったY記者はそう振り返る。
話は今から21年前。2003年(平成15年)9月29日、和歌山県立体育館で開催された〝伝説の〟WJプロレスでの話。Y記者はタクシーを降りると、重い足取りで入り口に向かった。
前日のWJ、伊勢市・三重県営サンアリーナ大会でY記者は谷津嘉章にインタビューした。その原稿には強烈な見出しが付けられ翌日の1面で掲載された。
〈WJ崩壊危機 長州を告発!!退団谷津営業本部長〉
谷津はヘルニアのため4月から試合を欠場していたが、営業のかなめとしてWJを支えていた。9月末で辞めることを決めていて、最後の〝置き土産〟として経営危機が噂されていたWJの問題点を指摘した。
長州の運営方針に辛らつな言葉を投げかけ、「もう、もたない」と谷津は断言した。
前年の02年11月12日に、「プロレス界のド真ん中を行く」とキャッチフレーズを掲げて設立されたWJが、わずか1年で崩壊の危機を迎えていた。
福田政二社長が退任して最高顧問に就くことになり、それに伴い〝業界ゴロ〟とささやかれた宮崎満教が社長になる新体制に移行中だった。移動日だった9月27日には名古屋市内で会社サイドと選手会の緊急ミーティングが開かれ、コスト削減のためファイトマネー4割カットが提示された。しかし8、9月分のギャラが未払いだったことで話し合いは紛糾した。
東スポは、和歌山では大阪スポーツ(通称〝ダイスポ〟)の名で売られていて、1面は東京と同じだった。〝長州が目にしてないこと〟をY記者は心の中で祈った。
「体育館に入ったら、関係者に『長州さんがお呼びです』って言われた。『(やっぱり紙面を見てるのかと思って)長州さん、キレてます?』って聞いたら『いや、全然怒ってないですよ』って言われた。〝やった〟とホッとして行ったら、『オレ、お前にキレてるからな!』って怒鳴られた。〝全然、話が違うじゃん〟って…」。この後、どういう展開になるのか? 顔から血の気が引くのがわかったという。
「サムライTVがいたけど、長州が『オイ! カメラ止めろ!』って怒鳴った。それからダイスポを手にした長州に『お前、なんでオレんとこへ(話を)聞きに来ないんだ!』と言われて弁明したけど、『お前、なんで来ないんだ!』の一点張りだった」(写真)。
「それから、『谷津がどうのこうの言ったって関係ねえ。こいつに何を言ったって無駄だろう。バカだよな。吹くだけ吹いて。こいつが新聞に載るには、こんなことしかねえのか。縁がなかったんだろうな。そんな大した問題じゃない。心配ご無用。来年1月までツアーが入ってる』と、谷津に対して怒りだけでなく、あきらめの感情も込められているような気がした」
紙面では緊急会見となっていたが…。
「呼びつけられて、ただただキレられただけ。ずっと『お前、人間のカスだな、カス! おまえラッキーだったな』の繰り返しで40分責められた」とY記者はため息をつく。
「ラッキーって何のことかなと思ってたら、長州がしゃがんで話を聞いてる僕の頭をポンッと叩き『おまえ、オレに食らわされなくてラッキーだったな』。そう言って去って行った。そうか、それでラッキーなのかと納得した」と明かす。
「翌日の長野でも『お前、まだいたのか』って怒鳴られた。当時の長州は殺気とも怒気ともとれる異様なオーラを放っていた。何年かして(長州)小力の〝キレてないですよ〟ってギャグがはやったじゃないですか? 僕、本人から『キレてるからな』って言われたんですよ」。〝キレられた〟ことを懐かしそうに語ってくれた。
とはいえ、当時は生きた心地がしなかっただろうことは、想像にかたくない(敬称略)。【プロレス蔵出し写真館】の記事をもっと見る













