【元局アナ青池奈津子のメジャー通信】「普段は感情的にならない方だけど、この場所だけは僕に特別な作用を及ぼすんだ」。そう言って昨年と変わらぬ穏やかな笑みをたたえたジャックに、心を締めつけられながら今年のドジャー・スタジアムでの開幕戦は始まった。
この仕事をしていると「聞くのはヤボだが、聞かないわけにはいかない」場面に出くわすことが多い。この日のビジターのクラブハウスの主役はジャック・フラーティだった。
昨年、ドジャースをワールドシリーズ優勝に導いた立役者の一人でありながら、再契約の話は出ず、タイガースに戻った。その彼が開幕シリーズを古巣の本拠地で迎える。第2戦に先発登板する準備のため、ドジャースの優勝リングの授与式にも参加できない。彼が地元出身で、どれほどドジャースに思い入れがあるかは誰もが知っている。
ジャックが部屋に入ってくるなり、待ち構えていた10人近くの記者がゾロゾロと彼を囲んだ。
普段なら質問がかぶるほど飛ぶのに、気まずい沈黙が数秒間。何とか口を開いた勇敢なデトロイトの記者が「君はいろんな物語を持っているが、この瞬間はキャリアの中でどのくらい奇異なのか。気まずさはあるか」と、まさにその場を表す質問をした。
「気まずくなんかないさ」。ジャックはいつもの早口で「ただ、興味深いかな。自分の中を走る感情、去年ここで起きた記憶、開幕日に対する思い、ここで開幕することへの気持ちが入り交じる中で昨年の優勝も祝うから、いろんなことが起きているけどね。ここは自分が野球に恋した場所で、子供の頃からの夢をかなえたばかりか、一緒にワールドシリーズを優勝したんだ。だから、みんなも分かるように、ここは特別な場所だよ」。
こういう時のジャックはあまり笑わない。当然、ドジャースとの契約話はなかったのかと質問は飛ぶし、彼がドジャースにいたかっただろう思いを引き出そうともする。ジャックは何度も答えたのだろう。「感謝しかない」「かけがえのない経験」「一生忘れない」という言葉の数々はよどみなかった。
囲み取材が終わった後、ジャックがそっと「本当はね、ちょっと変な感じはあるよ」と教えてくれた。タイガースは今の自分にとって最適なチームだが、契約前に開幕戦がドジャー・スタジアムであることを認識した上で選んだという。
「どんな形でも帰ってきたいと思っていたから、この日をとても楽しみにしていたんだ」
ジャックは生後3週間でシングルマザーの元に養子として引き取られた。彼の野球物語は、母アイリーンさんが知人にチケットをもらい、ドジャー・スタジアムへ行ったことが始まりだった。その彼が昨年トレード移籍された際、アイリーンさんが米メディアに語った言葉がある。
「野球にロマンを感じずにいられる? 生後6か月で初めて野球場に行った男の子が、28年後にドジャースのマウンドに立つ。そのことにほんの少しでも心が震えたり、ロマンを感じたりせずにいられるわけがない」
多くの選手がドジャースと再契約する中でジャックがいないことにどこか苦さを感じていたし、リング授与式に登板日をぶつけてくるタイガースの監督には「イケズだな」とも思っていた。でも、第3戦前に行われたジャックのためのリング贈呈式で、旧友らが熱いハグを交わす様子にいろんな思いが吹き飛んだ。野球は時にとてもロマンチックだ。
☆ジャック・フラーティ 1995年10月15日、カリフォルニア州バーバンク出身。2014年のMLBドラフト1巡目追補(全体34位)でカージナルスに入団。17年9月にメジャーデビューし、23年8月にオリオールズにトレード移籍。オフにFAとなり、24年はタイガースと契約。7月にトレードでドジャースに移籍し10試合に先発して6勝2敗、防御率3・17。今年2月にタイガースと2年総額3500万ドル(約54億2500万円)で契約した。193センチ、102キロ。












