【橘高淳 審眼(26)】あれは2004年のキャンプのことだったと記憶しています。中日の監督に落合博満さんが就任した初年度です。各マスコミでも大きく取り上げられて話題になりましたが、2月1日のキャンプイン初日に紅白戦を行ったんです。

 この時の意図はネットニュースなどで現在はいろいろと語られています。当時の落合監督は03年の秋季キャンプの成果を無駄にしたくなかったとのこと。秋にしっかり鍛え上げた感覚をどうかキープしてほしい。12月、1月のオフシーズンはシーズン中と比べて運動量が減少しますから、選手たちに危機感を与えるためのものだったはずです。

 新監督になりチームにも緊張感がある。前任の監督時代に起用してもらえなかった選手にとってはチャンスです。多くの選手のモチベーションが高まっている機運を利用したんでしょう。選手たちも落合監督から課せられた“宿題”をしっかりこなし、沖縄・北谷で行われたキャンプに集結しました。

 03年オフ、落合監督就任直後の秋季キャンプで「春キャンプ初日に紅白戦をやる」という宣言は効果絶大でした。実際に04年の中日キャンプでは2月1日に紅白戦が行われました。その試合には当時のエース・川上憲伸投手や守護神・岩瀬仁紀投手をはじめ、野手では立浪和義内野手、井端弘和内野手、福留孝介外野手らベテラン、中堅クラスの主力がスタメンで出場していました。

 プロ野球選手が実戦に対応できるように仕上げてくるというのは、どういうことだと思いますか? もちろん、各選手は初日から紅白戦と言われなくとも、それなりの準備を行ってくるものでしょう。そのためにある程度の日程を組み、各選手が練習環境を整えて1月の早い段階から強度を上げた自主トレを行います。

 それに合わせて我々、審判員もランニングで体をつくるなど準備を行います。キャンプインしてからはブルペンに入って投手の生きたボールを何百球も見て、目を慣らしてストライクゾーンの確認を行います。

 ただ、あの04年の落合中日のキャンプはわけが違いましたね。選手の方が私たちの目が慣れる前に仕上がった状態なわけです。私はブルペンに入って岩瀬投手のボールを見ましたが、衝撃的でした。あの大きく斜めに割れるスライダーは本当にすごかったです。

 試合モードで球界を代表するクローザーが肩を仕上げてきていますからね。キレの鋭さ、独特な軌道に一瞬言葉を失いました。こちらはまだ目が慣れていないと言い訳もできませんし「えっ!」という顔もできないですからね。内心、このボールはすごいなと思ってしまったものです。

 NPB史上最多の1002試合登板、通算407セーブというとんでもない成績を残した岩瀬投手です。あのボールを打とうと思ってスイングしたわけでもなく、審判としてジャッジしようとしているにもかかわらず、ボールの変化に目を見張るレベルとは…。やはり、プロ野球の世界にはとんでもないモンスターがいる。そう確信した瞬間でした。