【元局アナ青池奈津子のメジャー通信】左腕の神経が傷つき、手に障害を残したまま大リーグで夢をかなえている選手がいる。
ちょっとしたヒットを打っただけでもホームランを打ったかのように無邪気に跳びはねて喜ぶエネルギッシュなクリストファー・モレル(愛称クリス)。グラブには「スマイリーフェース」のキュートな絵文字の刺しゅうを入れている。チームメートやスタッフらに「いつだって笑顔でハッピー・ゴー・ラッキーのモレル」なんて言われるくらい、マイペースで楽しそう。そんなクリスの左の手のひらが、実は10年以上前から自力で開けないことを知る人は意外と少ない。
「グリップはできる。だからバットも握れる。でも、戻す方はこのくらい」
「グー」を握った後「く」の字に曲がったまま真っすぐに伸びない左手を「これでもだいぶ良くなったんだよ」と見せてくれた。右手で何度かタップするとまるでバネのように跳ね返る。指を押し上げれば再び動くようになるが、閉じてしまうとどれだけ力を入れても途中までしか開かない。
2015年冬、16歳のクリスはドミニカ共和国の首都サントドミンゴから地元のサンティアゴまでの長距離バスに乗っていた。夏にカブスと国際アマチュアFAの契約を結び、親元を離れ、プロへの道を歩み始めてから初めて迎えるクリスマスを久しぶりに家族と過ごせることに胸をはずませていた。
「バスがカフェテリア(軽食堂)で停まったんで、軽く食べるものを買っていたら、バスが出発するのが見えて…」
自分の荷物を積んだままのバスが出発してしまうと焦ったクリスは全力で走りだしたが、出入り口のガラスドアが引っかかって動かない。左肩で押し開けようとした瞬間、ガラスが砕け散り、反動で転がったクリスの上に降り注いだ。
幸いにもその場にいた人たちの助けで救急車に運ばれ、両親らもすぐに病院へ駆けつけたが、この事故でクリスは左腕の神経に大きなダメージを負った。今でも左のまぶたの辺りに残る傷痕は、失明の危機を乗り越えた勲章でもある。だが、傷より何よりもツラかったのが、事故後に戻ったカブスのトレーニング施設で腕を診た医師の言葉だった。
「君はもう野球はできないだろう」
26歳のクリスは、今の人生を「セカンドライフ」だと言う。医師の診断にショックのあまり、トイレに閉じこもって大泣きした。そのクリスに「神様がついているから何だってできる。神様のタイミングはいつだって完璧なんだ。今この瞬間は理解できないかもしれないけど、後になったらきっとそれは理解できるから」と力強い言葉をかけたトレイナーのホセ・アルバレス氏は一生の恩人だ。
「もう野球ができないと言われた直後は、信じられなくて。横たわりながら生きている意味、生きる目的、自分がどこまで強くなれるかなんかを必死に考えた」
クリスがたどり着いた答えは〝今を楽しむこと〟だった。
「何が起ころうとも、その瞬間は必ず過ぎ去るもの。だったら(良くても悪くても)そのモーメントを楽しもう、僕らは夢の中にいるんだからって。野球をやる人の誰もが夢見る大リーグに僕はいるんだ」
自分は底辺を知っている。この瞬間のツラいことなんて、それに比べたらささいなこと。グラブの絵文字は、そのリマインダーなのだ。スマイリーフェースの絵文字を見るたびに、クリスの顔が浮かんで笑顔になっている自分がいる。
☆クリストファー・モレル 1999年6月24日生まれ、ドミニカ共和国出身。2015年にアマチュアFAでカブスと契約。22年5月にメジャーデビューを果たし、初打席で初本塁打を記録。24年7月にトレードでレイズに移籍。25年オフにFAとなり、マーリンズと契約。今季開幕は左脇腹の肉離れのため負傷者リストで迎えた。外野手。183センチ、91キロ。













