【山口敏太郎オカルト評論家のUMA図鑑#574】日本で「UMA(未確認生物)」という用語が登場する以前、未確認の奇妙な動物を表す表現には「怪獣」という言葉が用いられていた。怪獣というと特撮映像作品を連想してしまう人もいるかもしれないが、怪獣とは字のごとく「怪しい獣」を指す。実際、古文書などの記録には奇妙な生物を指して怪獣と呼んでいる記述がいくつも見られる。
今回紹介するのは「駿河の怪獣」だ。特に決まった名前があるわけではないため、本記事ではこのように呼ぶことにしよう。この怪獣については、駿河国(静岡県中部)の地誌を記した「駿国雑志(すんこくざっし)」の中に、わずか数行の解説とユニークな挿絵によって紹介されている。
本書は、駿府加番という役職に勤めていた阿部正信(生没年不明)という人物が、およそ30年にわたる調査研究を通して1943年に完成させた全50巻におよぶ膨大な資料書だ。その内容は、町村の地名に遊女町の沿革、動植物や年中行事、そして怪異や怪談など地理歴史民俗と多岐にわたっている。
さて、駿河の怪獣とは一体何なのか。記述によると、駿河国の有渡(うど)郡小鹿村という土地にある時、怪獣が現れたのだという。その怪獣は、顔が猫のようで、手足は猿に似ており、大きさは犬と同じくらいであったという。特徴的なのは何といっても翼を持っていることであり、両翼でおよそ三尺余り(1メートルほど)だというのだ。
まるで「鵺(ぬえ)」のようにも思える珍獣であるが、このエピソードがまた興味深い。文政7(1824)年2月7日のこと、小鹿村の山に大雪が積もった。現にこの時代の日本は今よりも寒さが厳しく、墨田川や淀川が氷結し、江戸の品川では2メートルの積雪も記録されたほどであったという。
さて、そんな寒さにこらえられなくなったのか、怪獣が山から里に下りてきたのだが、なんと村の農夫にあっさりと捕まってしまったのだ。その後捕らえられた怪獣がどうなったかについては不明。また、この怪獣がどんな生物で、何と言う名前であるかについては誰も知らなかった、と解説は締めくくられている。
顔が猫で猿の手足に大きさが犬くらいで発見地名が小鹿と、キメラぶりが遺憾なく発揮されている駿河の怪獣。こうしたパーツごとに他の動物を当てはめるというのは、人間においてもなじみのない相手の顔を説明する時に目元が誰々、口が誰々、髪形が誰々っぽいという風に例える言い方と同様のものだろう。未知の生物を例える時の一つの手段であるため、そのまま他の動物の各パーツを本当に備えているというわけではないと考えられる。
ただ、それにしても、どのような生物であるのかということは特定が難しい。何より奇妙なのはやはり翼であり、見てくれがどう考えても哺乳類であるにも関わらず翼を持つというのは、確かに海外の神話に登場するような怪獣あるいは妖獣と呼ぶにふさわしいと言えないだろうか。実際、何らかの存在がその村に現れたことは確かなように思われる。寒さで弱っていたのか、それとも、もともと温和であったのか、興味が尽きない怪獣である。
【参考記事】駿国雑志 25巻












