華やかな世界で輝く主役たちを支えるプロフェッショナルな仕事がある。プロ野球の「打撃投手」もまた、陰のヒーローだ。人知れず苦悩の日々を乗り越え、一球一球に心血を注いでいる。さまざまな重圧に屈し、志半ばで去っていく人も少なくない辛抱の多い仕事だ。今回、スポットライトを当てるのは福岡ソフトバンクホークスの浜涯泰司さん(53)。日の丸も背負った打撃投手歴24年のスペシャリストは、まさに代えの利かない「裏方」の代表格だ。(取材構成=福田孝洋)
浜涯泰司――。球界内では名の通ったバッティングピッチャーだ。これまで一流の強打者たちを相手に、毎日淡々と左腕を振り続けてきた。53歳の打撃投手は、その道では大ベテランの域。一流は一流を知る。代えの利かない存在だからこそ、長くチームに求められてきた。常勝軍団へとかけ上がるホークスを支えてきた裏方の一人。2大会連続でWBC日本代表の打撃投手も務めた。その仕事は重圧との闘いと言える。強い責任感から押しつぶされる人も少なくない。浜涯さんのように、キャリアを重ねられる人間はレアケースと言える。
浜涯打撃投手 よう投げとるよね。まさか自分でもこの年まで投げとるとは思わんかったからね。ここまで続けてこられたのは、強い体に産んでくれた親のおかげというのが一番。人に言えるような努力とか、節制も特にしてないから。体重の増減を気にかけてきたくらい。あとは、本当になんもないんよ。
長いキャリアの秘訣(ひけつ)を聞いても、照れ隠しのようにいつもこんな感じだ。努力は人に見せない、手柄を主張しない、を地で行く男。見て学べ、盗めの時代に生きてきた。男は黙って――。背中で語る生き方が染みついている。前身のダイエーで7年間の現役生活にピリオドを打ち、30歳で打撃投手に転身。今季24年目を迎えた。自身の苦労は口にしないが、辛抱を強いられる「打撃投手」という特殊な仕事を誰よりも知る。とりわけ人材の入れ替わりが激しい仕事。神経をすり減らし、毎日マウンドに上がっていく男たちがいる。
浜涯打撃投手 多いよね、多いよ…、辞めていく人。数えられんくらい見てきたよね、投げられんようになって去っていったバッピの人。今はもうどの球団にもそういう選手はあんまりいないと思うけど、昔は態度に出す選手がいたから、ほんとエグい人たちが…。打撃ケージをガンガンたたいたり、普通に直接言ってくる人もいたしね。そりゃあ、誰だって、精神的に堪えるところはあるよね。ファームとかでコーチが臨時で投げたりするけど、それでさえ投げられなくなるって聞くくらいだから。でもね、相手がどうこうよりも、まず俺たちは打撃投手という仕事でメシを食ってるわけよ。それを全うできないことがつらい、苦しい。気持ちは痛いほど分かる。自分よりも若い人たちが悩んだり、たくさん辞めていくのを見てきたから。
いわゆるイップス。だが、浜涯さんは一度もなったことがないという。シンプルに流儀を貫いてきたからだ。
浜涯打撃投手 リズム、軌道、スピード、全部同じ、一定に投げられるのが理想。選手に合わせない。合わせにいかない。合わせようとしたら絶対にダメ。同じボールを投げ続けて選手が修正、調整してもらうために投げる。その日の試合で結果につなげてもらえたらうれしいし、そうなれば最高の仕事。小久保裕紀だろうが、城島健司だろうが、柳田悠岐だろうが、育成の選手たちだろうが、変えない。もう、そこだけは絶対。こっちも人間だから、ロボットじゃないから難しいよ。投げ終わり、自分では全く意識してないんだけど、主軸相手に投げた時の疲労感が違うのは確か。一緒の球数、一緒の時間、何も変えとらんのに。でも、そういうもんなんやろね。目には見えない、説明できない、知らず知らずの重圧ちゅうんかな、そういうのがあるんやろうね。体はウソをつかんから。












