【赤ペン! 赤坂英一】違法賭博の疑いでドジャースを解雇された水原一平元通訳と大谷翔平との緊密な関係を、米国人のメジャーリーガーはどのように感じていたのか。

元巨人のシューメーカー
元巨人のシューメーカー

 2018年、エンゼルスで1シーズンだけ大谷とチームメートとなったマット・シューメーカー投手に、こんな思い出話を聞いたことがある。

「当時、大谷とはいろんな話をした。食事をする機会も何度かあったね。大谷はいつも一平と一緒だった。お互い投手なので僕が大谷にスライダーの握り方を聞いたり、僕がスプリットの握り方を彼に教えたりしたよ」

 シューメーカーが最も印象に残っているのは、岩手県奥州市にある大谷の実家の話だという。

「僕の記憶違いでなければ、大谷の実家の裏では野生の猿が出るというんだ。あれには驚いたな」

 そうした話を水原氏はいつも分かりやすく、時には面白おかしく通訳していたようだ。シューメーカー自身、水原氏のコミュニケーション能力に感心し、信頼していたことが伝わってきた。

 21年オフ、シューメーカーは日本の巨人に移籍することを決断。そこで日本の野球について大谷に助言を仰ごうと、自ら水原氏に連絡を取った。

「大谷と一平には、日本のことをいろいろ教えてもらったよ。野球については打者のアプローチの仕方とか投球の待ち方。それに日本の食事や一般的な文化についても」

 その時、大谷と水原氏はこう強調していた。

「野球については、日米の違いはささいなものなんだ。日本にもいい打者はいるし、アメリカとそんなに変わってはいない。それよりもっと重要なのは文化的なことだよ。例えば町がきれいなことや自然の豊かさだとか、アメリカでは敬意の対象にならないものを敬い、感謝するという文化が日本にはある。そういう違いを理解してほしい」

 そして「日本に行ったらきっと日本の生活が大好きになるよ」と大谷は“予言”した。これを聞いてシューメーカーは「大変勉強になったし、日本でもやっていけそうだと安心できた」という。

 この親切で少々哲学的なアドバイスを、シューメーカーは「大谷と一平の2人に言われた」と表現した。それぐらい、大谷と水原氏は一心同体と映っていたのだろう。

 だが、この会話が交わされた21年オフ、水原氏はすでに違法賭博にハマっていた。当時、借金は100万ドル以上に達していたとも伝えられる。今となっては大谷らしいこの“美談”も苦い記憶に変わってしまった。