邪道こと大仁田厚が率いたFMW初期に初めて来日した大物外国人選手が“超ハイレグ戦士”マグニフィセント・ミミだった。FMWが有刺鉄線マッチで上昇気流にあった旗揚げ翌年の1990年5月と7月に2度来日。セクシーなコスチュームでデスマッチに沸き立つ過激な男子FMWファンを悩殺した。

セクシーかつパワフル!
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 とはいえ、米国ではすでに超一流女子ファイターとしての地位を確立していた。1964年2月25日生まれ、米カリフォルニア州出身。6歳から武道を始めて88年に米AWAでデビュー。当時のAWA世界女子王者はメデューサことアランドラ・ブレイズで、3度もWWF(現WWE)世界女子王者となった大物。全日本女子プロレスでも活躍した。ミミはデビュー当時からメデューサのライバルとして、AWA女子戦線を盛り上げた。

 何とデビュー1年目でメデューサのAWA世界王座に挑戦。ベルト奪取はならなかったが、89年12月には米プレイボーイ誌で特集が組まれるなど人気は絶大だった。90年からはLPWAに参戦してレジー・ベネットらと抗争を展開する。

 FMWに初来日するとさっそくセクシーなコスチュームと高度なレスリング技術で、当時選手層の薄かったFMW女子部では突出した存在となった。全日本女子プロレス出身の工藤めぐみ、コンバット豊田らの実力者と好ファイトを展開。得意の垂直式ブレーンバスターで敵なしの存在となった。大仁田は当時「派手で目立つ選手だけど、実力はホンモノだよな。得な買い物をしたよ」と語っている。

 2度目の来日ではFMW最初のビッグマッチとなった東京・汐留で行われた大仁田厚対ターザン後藤との「ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ」(90年8月4日)の前座で、里美和を相手に欧州選手権王座戦を行い防衛に成功。この大会を機にFMWは一大躍進を遂げるのだが、キャリアの浅い若手のお手本となったミミの功績も大きかった。ジャパン女子にも来日経験はあったが、やはりFMW来日時の印象は絶大だった。

 94年に引退すると女優に転身して多くのテレビドラマや映画などで活躍した後、現在は双子のシングルマザーとして米国で暮らしている。