フィギュアスケート男子で五輪2連覇を達成したプロスケーター・羽生結弦(29)が8日、自ら座長を務める「羽生結弦 notte stellata」(宮城・セキスイハイムスーパーアリーナ)の初日公演を行った。自身も被災した東日本大震災から11日で13年となる中、これまでもスケートを通じて被災地の支えになってきた。羽生が生まれ育った仙台市の郡和子市長(66)に、その献身ぶりを聞いた。
復興への願いを滑りに込めた。2011年3月11日午後2時46分に発生した東日本大震災では、練習拠点のアイスリンク仙台で被災。暗闇の中で見上げた夜空に浮かぶ満天の星に希望の光を感じたという。多くの被災者が、今も苦しみを抱える中で「みんなで力を合わせていいショーができた実感があります」と全てを出し切った。
かねて羽生は自叙伝の印税やグッズ売り上げの一部を被災地に寄付するなど、復興活動に尽力してきた。郡市長も「さまざまな形で被災地や仙台のスケートの練習拠点への支援を続けてこられたことに対し、心から敬意を表します。継続した支援が復旧・復興の過程で多くの市民を勇気づけるとともに、震災の記憶を決して風化させないことにもつながっていると感じております」と感謝した。
仙台から世界に羽ばたいても、羽生の故郷への愛は不変だ。現在は仙台観光アンバサダーとして、ライン公式アカウントのPRや観光プロモーション動画に出演。直近では「仙台市政だより」1月号で企画された郡市長との対談が、大きな話題を呼んだ。
郡市長は「『帰ってきて一番安らげる場所』と言っていただいたことが印象的でした。宮城・仙台への思い、復興への思いをご発言されており、震災復興の取り組みの発信に、心を寄せてくださっている」と振り返った。
羽生は現役時代から被災地に明るい話題を届けてきた。
郡市長は「五輪連覇という偉業が復興に取り組んできた市民を勇気づけ、希望を与えてくれました。特に羽生さんと同じように、大きな舞台を目指す多くの子供たちに夢と希望を与えてくれたものと思います」。
プロ転向後も22年12月の「第5回仙台市長杯フィギュアスケート競技会」にサプライズで登場。そんな羽生の姿に「仙台でフィギュアスケートに取り組む後輩たちを応援したい、喜んでもらいたいという思いを感じました」と語った。
羽生は「応援し続けてくれてる人たちにも希望や祈りが届くように、僕たちはこのショーを通して滑っていけたら」。これからも変わらぬ存在であり続ける。











