【越中詩郎GET BACK~反骨のサムライ血風録~(23)】1998年6月、平成維震軍に天龍源一郎さんが入った。合流前にグアムで合宿を行った俺たちは夜に韓国料理屋に行ったんだ。そうしたら木村健悟さんが「冷麺(れいめん)」を頼むのにかっこつけて「れんみょん持ってきて。小原(道由)は2人前食べるから10人前ね」って言ったもんだから、レモンが大量に入った大皿が3つきたことがあった。「勘弁してよ。普通に『れいめん』って言えばいいのに」って思ったよ…。

(左から)小原、後藤、越中、木村が維震軍解散を発表(99年2月22日)
(左から)小原、後藤、越中、木村が維震軍解散を発表(99年2月22日)

 天龍さんが入る前に話を戻そう。95年には新日本とUWFインターナショナルの対抗戦がスタートし、俺は高田延彦と再会した。96年1月4日の東京ドームでは王者の武藤敬司と高田がIWGPヘビー級王座をかけて再戦したんだけど、試合直後、長州力さんから「リングに上がれ」って言われたんだ。「ベルトの授与とかあるのに上がっていいのかな?」って思っていたけど、いざ上がると勝ってIWGPを巻いた高田がいるわけだ。もう「おめでとう」じゃないよな。「コノヤロー、どこに上がってきてんだ? 次は俺がいってやる!」って普通に言葉が出てきたよ。

 これで3月1日のUインター・日本武道館大会に乗り込むんだけど、そのときはそんなこともわからない。普通なら「次はお前が挑戦者だから高田とやれ」って言ってくれるけど、長州さんはそれがないからね。それにジュニアのときに散々やり合って、急にいなくなった高田からIWGPヘビーを取り戻しにいくことになるなんて夢にも思ってなかった。筋書きのないドラマだよな。

 武道館は超満員。小原と齋藤彰俊を連れていって「でっかい旗を作ってくれ。とにかくリングの上でめちゃくちゃ振ってくれ」と言った。それは越中詩郎の高田に対する礼儀、呼んでくれたことに対する、俺からの心意気みたいなもんだよ。ファンは昔のことを覚えていてくれたから。

 平成維震軍は95年7月にザ・グレート・カブキさんが抜け、96年に野上彰(現AKIRA)が加入。だけど、99年1月には彰俊も離脱した。この年の2月に俺と木村さん、小原、後藤(達俊)の4人で会見して解散を発表。悔いはないよ。いろいろ失敗もあったけど、ありとあらゆる手段で7年やってきたなという満足感の方が大きかった。

 この後、長州さんに「本隊に戻ってこい」と言われたときは葛藤があったよ。ずっと敵対する位置にいたから、本隊の越中詩郎は想像がつかなかった。いずれ『こういうことになるな』というのはどこかにあったけど、ついに来る時が来たなという感じだよね。

 ここから長州さんとのかかわりが増えていって、それがWJプロレスにつながるんだ。