プロレスの祖・力道山が眠る東京・大田区の池上本門寺で3日、恒例の「節分追儺式(ついなしき)」が催され、日本プロレス界のレジェンドでドラディションの藤波辰爾(70)が参加した。
多くの参列者の前で豆をまいた〝炎の飛龍〟は、昨年12月で70歳となった上に、今年は「辰年」にあたる。「いまだに現役であるので、70を迎えて未知の世界。でも、ものすごく新鮮で、プロレスをかみ締めている。(2022年に師匠のアントニオ)猪木さんが亡くなって、プロレス界でやることがあるんじゃないか、お役に立つことがあるんじゃないかと思っている」と言い、改めて生涯現役を誓った。
一方で愛弟子の棚橋弘至が、昨年末に新日本プロレスの社長に就任。新日本では自身以来4人目となる選手兼社長となったが「もうエール、『頑張れ!』しかない。僕らのころとは状況が異なるが、誇りを持って新日本プロレスのかじ取りをしてほしい。オーナーの意向もあるだろうが、自分のブレーンを置いて棚橋の色を出してほしい」と、激励のメッセージを送った。
その上で「闘魂というもの、猪木さんが旗揚げの時に掲げた闘魂からかけ離れたものになることだけは慎んでくれよ、とは言いたい」ときっぱり。新日本旗揚げから続く伝統だけは崩さす、維持することを願う。
棚橋社長の就任と時を同じくして、エースのオカダ・カズチカが1月限りで新日本を退団した。藤波は「世界に羽ばたくのはみんなで応援してあげないと」とオカダにエールを送るも、棚橋社長にとってはいきなり団体の大黒柱を失うスタートとなった。
これに藤波は「僕の時は長州(力)、橋本(真也)、武藤(敬司)、みんないなくなったよ。そんなのは、新日本プロレスのお家芸だから。あの頃、選手がいなくなって興行ができるかどうかまで経験した」と笑い飛ばす。
「いない穴をどう埋めるか、自分たちで考えていかないといけない。やはり、猪木さんがつくった新日本プロレスという家があることを、みんな肝に銘じてほしい。みんな戻ってくるのが新日本の強みだから」と棚橋社長に向けて力説した。
藤波は新日本社長時代に、苦難の上に苦難を重ねただけに、棚橋社長の成功を心から願っている。












