広島・秋山翔吾外野手(35)にとって2023年は悔しさばかりが募るシーズンだった。右ふくらはぎのケガや体調不良などで115試合の出場にとどまり、打率2割7分4厘、4本塁打、38打点。シーズン後には右ヒザの手術も受けた。希代のバットマンが苦悩の1年を振り返り、24年に向かう気持ちを語った。
――契約更改で23年は納得いかない部分があると言っていた
秋山 まずは試合に出続けられなかったこと。試合に出続けることは、僕の野球選手としての生業みたいな。プレーヤーとして1番大事にしないといけない(ところ)。もちろんタイトルも欲しいし、野球を辞めた時に(打率が)3割が何回だったかの回数を数えられたりするじゃないですか。そういうのも打撃では大事なんですけど、僕はどちらかというと試合に出続けて、その上で残った数字がどれぐらいだったかという気持ちで西武の時からもやっていたので。
――シーズン前から
秋山 自主トレの時からフルイニングを自分で掲げて。自分で言っておかないと、新井さんに(監督が)代わっていろんな選手を使うという方針もあったし。ただ、その中で延長12回までやったけど、明日もフルで出る、ナイターデー(ナイターの翌日にデーゲーム)、暑い日で試合やってるとしても(首脳陣が)「こいつは試合に出しといても大丈夫」「ほっといても試合に出るだろう」と思ってくれるような選手でいたかったという思いがあった。だから納得いかないというか、悔しい。足りない部分が多かったです。
――一番足りなかったのは試合数?
秋山 そうでしょうね。離脱したところが一番。要は自分が影響しない試合がトータルで20、30試合近くあったわけですから。(自分が)いなくても勝ったりとか、負けたりしてるシーズン、試合があったっていうのも…背負いきって最下位というのも良くはないですけど、この年齢になって(チームに)影響もないというのも何かなあと思いますよ。
――ケガで二軍にいた時にその気持ちが強かった
秋山 二軍の選手と汗をたらしながらいい刺激をもらってというのがずっと続いちゃいけないですよね。それだけの契約というか、給料をもらっているし。上で成績出してなんぼ(の世界)。最終的にカープが何位だったというところの中に「あ、秋山いたな」「いて良かったな」と思ってもらえることが必要なんで、その時はそういう感情がありましたよね。
――広島はフルイニングの選手はほぼいない
秋山 その大変さを伝えられる選手も少なくなってきて。何年か前の話になったら、簡単には聞く耳を持てないですよ。「それは若い時の話でしょう?」と聞く側もなるでしょう。僕の場合は西武の時だし、そうなると言葉や行動に深みが出ないですよね。若い子たちと話していてそれが大事なことでもない、今は休みながらやれる時代なんですと理解してるんであれば、その話はしなくていいし、できなくていいと思うんですけどね。でもそれ(フルイニング)ができる時期は限られてると思うんです。
――分業も進んでいる
秋山 選手だけじゃなくて、球界全体、メジャーの流れもあると思うんですよ。でも米国も分業じゃなくて、しょうがなく休ませる、長期離脱させないという(感じ)。選手が出ますと言って、結果が出続けてるんであれば、首脳陣は本当は使いたいと思うんです。ここで外さないと壊れちゃうとか、最終的に損得で(判断している)。トータルした時に損の方が大きくなるんだったら、1日は目をつぶるかというのはあるけど。ただ、その日しか見に来てないお客さんもいるなあというのは思うし、今も思っているんです。
――だからこそ試合に?
秋山 西武の時もそう思ってました。源田も休まない、浅村も休まない。外崎、山川も代走はありましたけど、スタメンでいったら最後まで。控えの選手の給料が上がらないよなみたいな感じでしたよ。DHもあって栗山さん、中村さんがいて。でも23年に阪神の強かったところは一番そこだと思ってるんですよ。
――ほとんど固定
秋山 4人から5人ぐらいは間違いなく(スタメンで)出る選手。打順も変わらない。ただ、オリックスみたいな勝ち方もあるんですよね。だからどっちかなとは思うんですけど、僕はやってきたのは割と阪神の野球に近かったかなと。捕手は代わる、投手によって代わるポジションもある、でもセンターラインは簡単に代わらんよなと。
――ただ、ユーティリティーの選手も増えた
秋山 だから一概にこれがオッケーとは思わないですけど、選手はとにかく試合出たい、試合出たいと。ただ、複数ポジションできる選手がいる中でこいつを使いたいけど、外れるんじゃなく違うポジションで(試合に)出るとか。メンバーはそんなに変わらない。その中の一人でいたいと多分引退するまで(自分は)思いそうだなと。
――それはどういう考えから始まったのか?
秋山 もともとは柳田(ソフトバンク)、坂本(巨人)、宮崎(DeNA)が僕らの世代にいて。23年も良かったし、首位打者を取るような選手が野手がいるわけですよ。他にもいい選手はいるんだけど、特に3人は〝この球団にこの人あり〟みたいな感じじゃないですか。その中で当時の僕の生業ってそこ(フルイニング)みたいな。確かに最多安打や首位打者を取った年もありましたけど、それよりずっと出ているということ。3人にはスキル的に及ばないんだけど、唯一戦えるポイントと思いながらやってた。これが本当のところ。というか、その根っこのところかもしれないですね。だからそれも含めて今またできたら良かったなと。
――24年はどうする?
秋山 自分が終わりを迎えていくにあたっても、もともとのベースが高いところにあればゆるやかに下がっていくけど、低い位置からだとあとは地に着くだけじゃないですか。だからずっと高いところの数字を(残したい)。いくつとかじゃなく、最低クリアしておけば次の年も野球がやれそうでというところ。何となく落ちていった、フェードアウトしていったら引退が頭にもっとよぎってくると思うんです。だからその位置をなるべくずーっともがきながら、地面に落ちないように飛んでいられるかな、みたいな。〝ひとり鳥人間コンテスト〟(笑い)。外が見るほど優雅じゃないです。中ではずーっとペダルをこいでる感じじゃないですか。
――だからこそ143試合を
秋山 それができるのであれば。ある程度、高い水準で試合に出られた、準備ができたことの一つの証明かなと(思う)。最初から「100試合に出られたらいいです」と自分で言い出すのはおかしいというか、本意じゃない。とにかく試合に出ることですね。143試合ではなく、試合にたくさん出る、打席にいっぱい立つことを目標に。1打席でも多く積み上がるように、24年は1年、頑張りたいなと思います。













