DDTの赤井沙希(36)が、12日の東京・両国国技館大会で引退試合を迎える。短期連載「リングに咲いた花」3回目は、プロレス観を変えた〝ミスタープロレス〟天龍源一郎(73)との出会いを振り返る。
【リングに咲いた花(3)】2015年8月23日の両国大会では印象深い試合がありました。当時引退ロードを歩んでいた天龍さんとタッグを組ませていただいたんです(天龍&赤井&高木三四郎 vs 石川修司&樋口和貞&里村明衣子)。
その年の4月に「ニコニコ超会議プロレス」(千葉)に参戦していた天龍さんにごあいさつに行ったんですが、おっしゃっていた言葉が聞き取れずに「え?」って聞き返してしまって…。次の瞬間、バーンって張り手が飛んできてビックリしたのを覚えてます。
試合で同じことがあっては大変だと思ったので、大会前に本間朋晃さんにご協力いただいて「聞き取り特訓」をやったのもいい思い出です。後で聞いた話ですが、本間さんは張り切ってくださっていたのか、エチケットに気を使ってくださったのか、練習前にすごく一生懸命歯を磨いていたと…。何だかその気持ちもうれしくなりましたね。
他にも俳優の小沢仁志さんと「メンチ特訓」とか、いろいろやらせてもらいました。やっぱり私が普通にトレーニングしてるだけじゃ興味を持ってもらえない。「何しとんねん」って思われてもいいから変わった発信をしないと、私がプロレスをやる意味はないなと思ってました。
両国では里村さんのDDTで頭を打ってしまったんですけど、天龍さんの声はハッキリ聞き取れました。「何でもっといかないんだ!」とゲキを飛ばされて、ペットボトルを投げられたり…。私は私で初めて脳振とうのような状態になったことが怖くて、試合後のコメントブースで泣いてしまったんです。そうしたら次の日「天龍に怒られて大号泣」みたいな見出しで東スポの1面になっていて、ビックリしたし恥ずかしかったですね。
ちょっと苦い思い出でもあるし、あの時は目の前のことに必死でしたけど、今思えばすごい経験だったし、天龍さんからは「プロとしての魅せ方」を学びました。当時の私はやられてる姿があまりに多すぎたので「何でもっと自分が得意な技をガンガン出さないんだ」とアドバイスをくれたり、私のことをタレントではなくプロレスラーとして見て教えてくれたのがうれしかったです。
デビューして3年がたった16年10月には晴れてDDTの所属選手になれました。それまではプロレス活動も芸能事務所のオスカープロモーション所属扱いだったんですが、私はずっとDDTの人間として世間に発信がしたかった。所属が変わると何だか苗字が変わった気がして、しばらくは結婚したかのような気分でした。ふとした時にニヤニヤしちゃったり、私の体って今、DDTのものなんだと思うとうれしかったですね。
私の人生のキーワードで「家族」ってすごく大きくて。待遇ややるべきことが変わったわけではないんですけど、DDT所属になれたことで、好きな人に結婚してもらえたというか、家族の一員になれた気がしました。














