DDTの赤井沙希(36)が、12日の東京・両国国技館大会で現役生活にピリオドを打つ。元プロボクサーで俳優の赤井英和を父に持ち、タレントとして活動していた2013年にプロレスデビュー。デビュー10周年の節目に引退を決めた波瀾万丈なレスラー人生を全4回の短期連載「リングに咲いた花」で振り返る。

【リングに咲いた花(1)】私は1987年1月24日に大阪府で生まれ、京都府で育ちました。幼少時に両親が離婚したんですが、母がもともとボクサーのトレーナーをしていたので、物心ついた時からボクシングジムで遊んだりする環境でした。

 芸能活動を始めるようになって、2009年にK―1のイメージガールになった時は石井(和義)館長から「選手にならないか」とも言われたので、練習だけでもしてみようとワタナベボクシングジムに通ったりもしてたんです。「ライセンスを取ってみないか」とも言われたんですけど、ボクシングなんてやったら絶対父の名前が出てくるし…。わざわざ追う必要はないと思って、趣味程度にしてました。

父・赤井英和(右)と写る幼少期の赤井沙希(本人提供)
父・赤井英和(右)と写る幼少期の赤井沙希(本人提供)

 プロレスとの出合いは11年にドラマ「マッスルガール」(TBS系)でプロレスラー役を演じたこと。DVD発売のイベントで役としてのエキシビションマッチで、アイスリボンの道場マッチに参加させてもらって、そこからいくつかの女子プロレス団体からオファーもあったんですけど、当時はあまり興味もないし、痛い思いもしたくないし、私のいるところじゃないなって思っていました。

 プロレスにも、あまりいいイメージがなかったんです。テレビのバラエティー番組で出てくるプロレスラーって、罰ゲームとかで芸人さんを痛めつけたり、悪い人ってイメージが強かったので。

 でも、12年から「ラジオ新日本プロレス」のお仕事を始めて、勉強のために後楽園大会を見に行ったら、考えが変わりました。特に中邑真輔選手の入場には衝撃を受けて「何てミステリアスでオーラがすごいの!」って。それがきっかけで見るようになったら、他の選手個人個人のキャラクターも分かり始めて。昔見たイメージでシャットダウンしてたけど、こんなに素敵な選手たちがいっぱいいたんだってハマってしまったんです。

 プロレスの勉強をしているうちに、飯伏幸太選手の存在をきっかけに、DDTを知りました。獣神サンダー・ライガー選手と高橋広夢(当時)選手が13年2月のDDT後楽園大会に参戦したので、観戦に行ったんです。そこで初めてDDTを見たら「こういうプロレスもあるんだ」って面白さに気づきました。

デビュー前にプロレスの特訓をこなす赤井沙希(2013年)
デビュー前にプロレスの特訓をこなす赤井沙希(2013年)

 そのことをブログで上げたら高木三四郎社長から声がかかって、食事の場が設けられることに。「来た!」と思いましたね。選手としてデビューしませんかと言われて、私は今まで何か死ぬ気でやったものがあったかなと考えたんです。ボクシングも中途半端だったし、芸能活動もスカウトで始まってオーディションを受けて…。私が好きになったように、私自身が誰かがプロレスを見始めるきっかけになれればうれしいなと思ってやってみようと思いました。

 母に話したら大反対されて「親子の縁を切る」とまで言われたけど、やりたいことを頭ごなしに否定されるならそれまでかなと思って、一時絶縁状態になりました。そこからデビューまでの間は、毎日してた電話もなくなりましたね。