お笑いコンビ「FUJIWARA」のフジモンこと藤本敏史が、10月11日に自身が運転する車両による接触事故を起こした。〝当て逃げ〟が故意だったかどうかが曖昧に語られるさなか、今度は元プロレスラーの不祥事が起きてしまった。

 W☆INGやFMWで活躍した金村キンタロー(本名イ・ヒョンホ)容疑者が10月13日、千葉市稲毛区の県道で軽自動車を運転中、自転車に接触して逃走。約2分後に渋滞で停止していた軽乗用車に追突、3人に軽傷を負わせ14日に逮捕された。

 金村はひき逃げに「大したことはないと、その場を離れてしまった」。追突には「ボーッとしていた」と容疑を認めているという。

 親友のプロレスラー火野裕士はX(旧ツイッター)に「うちの車やから自分にも警察から連絡あった」と明かした上で、「なぜ止まらんかった? とりあえず車止めるやろ これはかばえないよ なんしてん(抜粋)」と続けた。

 金村は現役時代〝理不尽小僧〟と呼ばれ、29年前の1993年(平成5年)10月31日、W☆INGプロモーションの神奈川・小田原駅前旧市営球場特設リングで行われたスクランブル・ファイヤーデスマッチで名前がファンに浸透した。

 当時のリングネームは金村ゆきひろ。中牧昭二とタッグを組み邪道、外道組と対戦。乱入した高山秀男(後のBADBOY非道)が、リングにまかれた灯油にライターで点火すると直径1メートルほどの火の塊がリング中央にできた。

 すると邪道が、なんと勢いよく燃えさかる炎の上に、金村をパワーボムで投げ落とすという暴挙。炎の中に消えた金村は、すぐさま跳び上がって来たが背中が大きく燃え上がっていた。

金村は邪道のパワーボムで炎の中に消えた(1993年10月、小田原駅前旧市営球場)
金村は邪道のパワーボムで炎の中に消えた(1993年10月、小田原駅前旧市営球場)

 周囲は、場外に落ちた金村の背中の火を消すのに必死。金村の断末魔の叫び。しばらくして「あぁ痛い、痛い」。か細い声を上げる。金村は救急車で小田原市内の病院へ直行。背中一面が第3度の大火傷だった。

 長期欠場から復帰した金村は、W☆ING崩壊後にIWAジャパン、FMW、WEW、アパッチ軍と様ざまな団体に参戦した。

 ところで、私も交通事故に遭遇したことがある。

 散歩中、後方から来たタクシーが結構なスピードで鋭角に右折。直後にガチャ―ンという衝突音が…。

 建物が死角になり、ぶつかったところは見ていないが、ガードレールの下に小学高学年くらいの男の子が仰向けに倒れていた。そばに自転車が倒れている。駆け寄り、「大丈夫か?」と尋ねると、「大丈夫です」と弱々しい声。5メートル位先でタクシーとぶつかり、ここまで飛ばされたという。

 ぶつかったタクシーからドライバーが降りて来たが、こちらに来て被害者を気づかう素振りはない。「自転車が無灯火だから見えなかった」と弁解していた。

 そこに車で通りかかった50代くらいだろうか、男性が降りて来て「警察は呼びましたか? 救急車は?」と聞いてくる。まだだとわかると、すぐその両方に電話をかけた。

 その後、警察官が来て事情聴取を受け、すぐ親御さんも駆け付けて来た。男の子は自力で立ち上がれたが、救急車で搬送されて行った。もし私がいなければ、タクシーはそのまま走り去ったような雰囲気が感じられた。

 この男性の手際の良さ、素早い対応に感心したのを覚えている。

 金村は2008年(平成20年)1月にも、〝マット界を揺らす〟事件を起こしている。前代未聞の〝セクハラ騒動〟。大日本プロレスの社員だった女性は告訴も辞さずの構えを明かしていたが、3月に和解が成立した。

 今回も〝元プロレスラー〟という呼称が、多くの関係者を失望させた。金村はしっかり反省し、被害者の方へ誠意ある対応が求められる(敬称略)。【プロレス蔵出し写真館】の記事をもっと見る