フィギュアスケート・アイスダンスの村元哉中(30)、高橋大輔(37=ともに関大KFSC)組が1日、チームの公式インスタグラムを更新し、現役引退を発表した。カップル結成3季目を迎えた今季は、全日本選手権で悲願の初優勝を達成。新たな決断を下したこのタイミングで、2人が乗り越えたある試練の〝裏話〟をピックアップした。
蒸し暑さが残る昨年8月下旬の出来事だった。サポートを受けるスカイコート株式会社(東京・新宿区)が主催するトークショーで、高橋は「全日本選手権で優勝することを、まずは一番に目指してやっていきたい」と言い切った。今季の活躍に期待が高まる言葉だったが、練習拠点の米フロリダ州で思わぬ事態に巻き込まれた。9月28日に100人以上の死者を出した大型ハリケーン「イアン」が直撃。コーチやチームメートも被災し、自宅を流された選手もいた。
当時の状況を同社の西田美和社長は、かつてこう明かしていた。「いつも練習で使っているリンクが避難場所になってしまったので、片道2時間近くかけて違う町のリンクに通っていたそうです」。初戦のグランプリ(GP)シリーズ第1戦スケートアメリカ(10月21~23日)までは約1か月。満足に練習を積めない日々が続いた。
さらに別のトラブルも抱えていた。高橋はシーズン後に「ハリケーンに遭って、しかも僕がリフトで哉中ちゃんを落としてしまって(村元が)肩を痛めてしまった。ほとんど練習ができない中だった」と告白。スケートアメリカの棄権も頭をよぎったという。それでも「哉中ちゃんが『出る』ってことで『じゃあ出よう』となった」と出場を決断し、6位に入った。
万全ではない中でも、一定のパフォーマンスを披露。2人にとっては、確かな手応えをつかんだ一戦となった。高橋は「この練習(量)からすると考えられないような演技をすることができた。そこまでは一生懸命練習してきたから、そういったことは裏切らないなと実感した。そこで初めてこれだけは最低できるんだと自信がついた」と振り返った。
その後はデニステン・メモリアル・チャレンジで国際スケート連盟公認の国際大会初Vを達成すると、3月の世界選手権では日本勢最高タイの11位に食い込むなど、世界の舞台でも存在感を示した。
惜しまれながらも現役生活に別れを告げた一方で、スケートへの情熱は衰えていない。4月に高橋は「やればやるほどお互いのことも分かり合える。どういう形であれ演技は継続していきたい。まだスタート地点なのかな」と語っていた。
果たして今後はどんな〝かなだい〟を見せていくのか――。












