伝説のラストシーンはいかにして生まれたのか――。世界一に輝いたWBC日本代表の厚沢和幸投手コーチ(50=オリックス投手コーチ)が取材に応じ、米国との決勝に「3番・DH」で出場していた大谷翔平投手(28)がリアル二刀流で胴上げ投手にたどり着くまでの秘話を披露。決勝当日の朝まで大谷を起用できない可能性もあった事実や、日本ハム時代の2016年にCSファイナルでDHから守護神として登場し日本最速の165キロを連発した時との違いなどを赤裸々に語った。

 ――WBC決勝の3―2で迎えた9回は世界の野球史に残る名シーンになった。大谷とは16年も日本ハムで一緒にやり、ソフトバンクとのCSファイナルでは日本シリーズ進出を決めるタイミングで大谷をクローザー起用した。今回も当時と同じイメージで?

 厚沢コーチ(以下・厚沢C)今回はあの時とは違うね。16年は試合を進めた中で(登板予定のなかった)翔平が「行きます」と。それでこちらも「それならば」という感じで急きょ(登板を)決めたの。でも今回は、そもそも決勝の朝まで大谷を使えるかどうかも分からなかった。16年はファイターズと翔平と栗山監督がOKなら良かった。でも、今回は話が違う。メジャーの球団に登板の許可をもらわないといけない。午前中の段階で初めてメジャー球団からの許可が下りて「行ける」ってなった。で、監督から(大谷に)話をしてもらって。それはダルビッシュにも同じことが言えるけど…。

 ――開幕も近く、メジャー組は事前に所属球団から登板許可をもらう必要があった

 厚沢C そう。決勝当日の朝まで分からなかったの、本当に。だから僕と吉井コーチ(ロッテ監督)は前日夜までに(大谷とダルビッシュ)2人が行けるパターンと、1人しか行けないパターン、2人ともダメなパターンと全部用意していた。で、決勝の朝に連絡が来て。結果、2人ともOKが出た。

打者として7回には内野安打を放った大谷(右)
打者として7回には内野安打を放った大谷(右)

 ――ちなみに2人ともダメな場合は?

 厚沢C 9回大勢(巨人)、8回湯浅(阪神)…先発の後の真ん中に決勝で1イニングずつ登板した投手を2イニング…もちろん、試合展開を見ながらだけど。高橋宏斗(中日)と伊藤大海(日本ハム)は2イニング行ける。もともと7人の継投を考えていてプラン通りにいった。

 ――考えられる限りの最高の継投ができた?

 厚沢C こんなにうまくいくとは…ってぐらいに。珍しいよ。朝、宿舎を出発する前に「これで行く」って決めたプランが全部できた。翔平に限っては9回に行く、と。リードの展開限定で。

 ――クローザー起用を想定しながらも、大谷はDHで出場。事前に肩をつくるタイミングが難しかったのでは?

 厚沢C そう。しかもブルペンはベンチ裏じゃなく三塁ベンチから遠い外野にある。じゃあ、どうするとなって考えたのが、翔平には「いつでもブルペンは空けておくから」と。打順の兼ね合いもあるだろうから「来たい時に来て、肩をつくろうかなと思った時に、ブルペンに来ていいよ」と。こちらから試合中は(どのタイミングで肩をつくるか)一切なし。何も話しかけず、何の指示も出さないパターン(笑い)。

 ――放置というか、勝手に来て、勝手に肩をつくってくれと

 厚沢C うん。いつ打順が巡ってきそうか…。それは投手出身の人間より、打者をやったことある人間のほうが、分かるだろうからね。だから1回来たんですけど、打順が思いのほか早く回っていったので、1回目は何もせずに帰っていった。それは翔平の感覚でしかないから。はたから見ていて「すごっ!」って思った(笑い)。

DH解除してソフトバンク相手に登板した日本ハム時代の大谷(2016年10月16日)
DH解除してソフトバンク相手に登板した日本ハム時代の大谷(2016年10月16日)

【大谷翔平のDH解除メモ】日本ハム時代の2016年10月16日、ソフトバンクとのCSファイナルステージ第5戦でも大谷は「3番・DH」で先発出場しながら、7―4の9回にDHを解除して登板した。先頭打者の松田(現巨人)へ投じた初球が163キロをマークすると、160キロオーバーの剛速球を連発。自身のプロ野球最速記録を更新する165キロを3球も投じたばかりか、151キロのフォークまで披露する異次元の投球で3者凡退に料理し、チームの4年ぶり7度目となる日本シリーズ進出に貢献した。

 野手でスタメン出場した選手がセーブを挙げたのはプロ野球史上初の快挙で、日本シリーズも含めたポストシーズンで先発した野手のリリーフ登板も初めてだった。