昨年10月に死去したプロレス界のスーパースター・アントニオ猪木さん(享年79)の「お別れの会」が7日、東京・両国国技館で行われ、プロレス界や各界の著名人、ファンが多数参列して偉大な故人をしのんだ。
数えきれないほどの名勝負を残した猪木にとって、屈指のベストバウトとされるのが1974年3月19日、蔵前国技館でストロング小林を挑戦者に迎えたNWF世界ヘビー級選手権だ。フィニッシュとして放った「両足が浮いた」ジャーマンスープレックスホールドは、今でも伝説として語り継がれている。
小林は国際プロレス不動のエースとして、IWA世界ヘビー級王座に君臨して25回連続防衛の記録を樹立したが、74年2月にフリーに転向。猪木との“昭和の巌流島”対決へ向かった。そのわずか5か月前の73年11月2日、宮城県スポーツセンターでレッド・バスチェンを相手に2―1で25回目の防衛に成功。自身の持つ連続記録を更新している。本紙は1面で王座戦の詳細を報じている。
『小林は1本目からバスチェンを激しく攻め立てて、逆エビ固めからポストへ一発。ハネ返ってくるところをスリーパーホールド。ストンピングの連打からブレーンバスターで先制した。相手を甘く見たわけではないだろうが、2本目は1本目ほどの緊迫感はない。そこをバスチェンにつけ込まれて後手に回り苦境に立った。パンチ、キック、ボディースラムの2連発で戦意喪失。ニードロップ2連発で勢いをつけたバスチェンは2、3歩歩いてのアトミックドロップで2本目を奪った。3本目、バスチェンは持ち前のラフファイトに出る。小林を場外に叩き落とすとエプロンに額を叩きつけて、あざ笑うように目潰し反則。さらにアトミックドロップ3連発。小林は死力でハネのけると目には目をの急所打ち。うずくまるバスチェンに今度は小林がアトミックドロップ。派手なアトミック合戦は力に勝る小林が勝利を収めた。ペースを崩された小林だったが、気力で耐えて連続防衛記録を25と伸ばした』
当時の日本マット界では最長記録となるV25を記録したものの、1週間後の11月9日、和歌山では“大酋長”ワフー・マクダニエルに敗れて記録をストップされる。それでも最終戦の11月30日、後楽園のリマッチで王座奪還に成功した。
だが小林は2回の防衛後、国際退団のため2月に王座を返上。猪木との一戦へ向かう。当時の小林は団体内の人間関係に嫌気が差していたとされており、防衛記録ストップで張り詰めていた心の糸が切れてしまったのかもしれない。記録をさらに伸ばしていたら、猪木との歴史的一戦はどうなっていただろうか。それを考えるとV25戦と、わずかな期間ではあるがその後の展開は重要な意味を帯びてくる。
小林は猪木に先立ち2021年12月31日、81歳で亡くなってしまった。“怒涛の怪力”は、かつて名勝負を展開した猪木の「お別れ会」の様子を天国からどんな気持ちで見ていただろうか。 (敬称略)













