昨年10月に死去したプロレス界のスーパースター・アントニオ猪木さん(享年79)の「お別れの会」が7日、東京・両国国技館で行われた。
お別れの会はこの日の11時から第1部が行われ、新日本プロレスをはじめとした各団体のレスラー、猪木さんの弟子らが多数出席。会場には祭壇とリングが設置された。開会宣言は新日本の坂口征二相談役が務め、猪木さんの入場曲「炎のファイター」が流された。
猪木の一番弟子の藤波辰爾は、登壇してお別れの言葉を述べた。「初めてあなたに会ったのは16歳でした。私はいま、69歳になりました。気が付けば53年の月日が流れました。田舎の少年がブラウン管に映し出されるあなたの雄姿に夢を見て憧れました。入門して、その日から53年が経ちました。いまも昨日のことのように思い出されます」と出会いを振り返った。
1972年の新日本プロレス旗揚げ当時の思い出を語った藤波は「アントニオ猪木になりたくて、本気でそう思いました。すべてあなたのマネをしました。私の人生は大きく変わりました。ともに練習をし、タッグを組み、時には戦いました。すべての瞬間が私の財産です。あなたに勝ちたくて、越えたくて、大きな背中を負い続けてきました。1988年8月8日、横浜文化体育館でのタイトルマッチはかけがえのない思い出です。ベルトを巻いてもらったことはこの上ない喜びでした」と、プロレス史に残る名勝負を回顧。「社長時代にはオーナーであるあなたに背を向けたこともありました。でもあなたを恨むことも、嫌いになることもできませんでした。きっと自分の親よりも長く過ごしたあなたのことを忘れることはないでしょう。私はまだあなたから教えられた闘魂を胸に戦い続けています。最後になりますが、あなたは私の永遠の師匠であり、不滅のヒーローです。ゆっくりと、安らかにお休みください」と呼びかけていた。












